6-2

 



「……ん、…」

「………気付いた?」

「坂本、くん…?い、家長さんはっ!」

「………大丈夫だから。あの人は、必ず来る」

「ほぅ、ガキ…三代目が来ると?ははっ、夜明けまで来ない奴が来ると?」


外に作られたゲージに入れられ。
二人が目を覚ますのを待つ。
あれから殴られ続けた身体には、ちょっと厳しいけど。

頭を切った傷は、まだ血が止まらない。
目に入った血が、視界を赤く染める。


「………あの人は、来る。約束は違えないよ」

「だったら…、地獄で詫びろぉぉ!!」


それが合図だった。

一斉に飛び掛かってきた鼠は。
入口を開けて、二人にまでも襲い掛かる。
動くに動けない身体。

手を伸ばしても宙を掻き。
地面に引き倒される。


「…待ちな、ちぃとばかし、はええんじゃぁ無いかい」


ズズズ……と微かな地響きとともに。
耳朶を揺らして行く。
あぁ、漸く。
必死に鼠を払って、少し上体を起こす。
紅い、朱い瞳が僕を見つけた。


「…遅くなったな、万葉」

「………よ、るっ」

「直ぐ行く。休んでろ」


途端に、力が抜けて。
競り上がってきた血を、吐いた。








「回状は廻したんだろうなぁ!?」

「…はっ、あんなもん、てめーの腹の足しにもならねえだろうが」

「っ、てめぇら…!皆殺しだぁぁぁ!」


悪趣味なゲージの中、一番前に。
オレを見た途端うずくまった。
もう限界を越えていたんだろう。

やれ、と呟けば。
百鬼は動く。
愉しそうに、鼠を狩り消して行く。
くくく、と喉で笑えば、馬鹿な鼠が叫ぶ。


「てめぇら、誰の命で動いてやがる!?」

「わからねえか!!この方こそが、妖怪の総大将になるお方だ…!」


そう告げれば。
醜い本性を出して。
けれどなにがオソロシイものか。


「…追い詰められて、牙を出したか。だがたいした牙じゃぁ無いようだ」


盃に息を掛けて。
瞬間、ぶわりと鼠を覆う。
燃えていく様は、醜い以外の何物もなくて。
くすりと笑う。


「っ、ゆるさねえ…!コイツ、コイツも道連れだぁぁ…!」

「―奥義 明鏡止水・桜…。その波紋鳴りやむまで全てを燃やしつづけるぞ」


汚らしい手に掴まれた万葉を一足飛びで抱え。
その身体の熱さに、小さく舌打ちした。









ポタ、ポタ。

微かな音を立てながら、だらりと力のない腕から血が落ちる。
抱えている背中から、今だじわりと出て行く。


「…………ょ、る…」

「あぁ、此処に居るぜ」

「………やっ、ぱ…、き、てくれた」

「約束だからな。すまねえな、遅くなっちまってよ」


反対の手で、くしゃりと撫でる。
血で固まった髪は、ぱりぱりと音を立てて。
あぁ早く風呂に入れないと。
そう思ったのに。


「ちょっ、待ちぃ!坂本くんどこに連れていく気や!」

「……はっ、コイツはオレのモノだ。お前には関係ない」

「…………家長、花開院、かえれ…、さっさと、っ!」

「…お前は喋るな。じゃあな、せいぜい気をつけて帰れよ」


ぞろり。

見上げた空は、蒼く紅かった。







「………よる」

「あ?どうした」

「………ご、めん…」

「よぉく判ってんじゃねぇか。あ?」


よく響く風呂場で。
ぴしゃん、と水滴の落ちる音が聞こえる。


「…………だ、て…奴良が怪我するのは、いやだから」

「…だからって、こんなになるまでやらせんなよ」

「………っ、ご、め……」

「……もう良いから。泣くな」


ばしゃり、と湯舟からだされて。
タオルに包まれる。
ぱぱっと拭かれ、浴衣を着せられ。
来たときと同じように、抱えられて。
前にも泊まった、奴良の部屋に入る。


「…さて…。オレも時間だ。…髪拭けねえな」

「…………へーきだよ」

「んとはよー、一日お前と居てえ」

「………ん」

「だから、なぁ…コ、イツ…が……」


とろん、と朱い瞳がおちていく。
血には抗えないんだろう。
徐々に昼間の奴良に戻るその姿は。
何故だろう、安心してしまうほどで。


「………お休み、夜。お休み、奴良」
そっと。
銀と茶と黒の混ざる髪を撫でた。







「…………あの、首無、さん」

「っ、何でしょう二代目」

「…二代目、さん、じゃなくて…坂本、です」

「あぁぁ、スミマセン!あまりにも似過ぎておりますので…!」

「………ぇと…、あの、帰り、ます」

「っっ、何故ですか!?何故お帰りになられるのでしょうか?私ですか、私が二代目と呼んでしまうからですか!」

「…んもぅ、朝からうるさいわねぇ、この、ドM!」


どかっ、と蹴られた首無さんは庭に転げ落ちた。
蹴ったのは、毛娼妓さんで。


「ごめんなさいねぇ。この人、二代目の事になると昔から頭可笑しくなるの」

「…………いえ、べつに。あの、」

「坂本様、本当に帰るんですかぁ?結構、顔色悪いですよぉ」

「…………奴良が、覚えて、無いだろうから…」


万葉、と呼ぶ声はたった一人で。
一人で良いんだけど、その人は半分で。
本当は二人ともに呼んでほしい。
そう思ってしまうのは、僕のワガママだろうか。


「…………名前をね、呼んでくれる人は夜だから」

「坂本様…」

「っっ二代目ぇぇ、泣かないで下さぁぁい!」

「…もぅ首無ぃ!あんたはうるさいのよ!」

「…………帰って、また昼過ぎに来ます」


そう言って、玄関に出て。
あぁ最近浴衣を着ることが増えてしまった。
不意に気が付いて。

…見上げた空に、無遠慮な太陽。







To be next.




銀は闇、茶は光を示す。



 

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