「何も思いつかない」

この言葉は、本日何度目なんだろう。ため息も。何かの個展に出品するための作品の締め切りに追われているのだろうか。顰めっ面でうなされながら頭を掻きむしっている。顔中からは冷や汗を掻いている。何度も集中しているが、すぐに「違う」を繰り返しては油絵に絵の具を塗って消していく。
もう、キャンバスはグチャグチャじゃないか。

「スランプかい?」

「…」

私の声など聞こえないくらいに集中している。私は絵やモノを創作するということに、興味があまりないから、此処まで何かに追いつめられている彼の気持ちが分からない。
何かの締め切りに追われているのかとアーティに聞くと「違う」と返ってきた。

「…自分の本当の気持ちが」
「声が、聞こえないんです」

泣きそうな顔でキャンバスを見つめて呟く。それは、どういう意味なんだろうか。何故、急いで作る必要も無いコトに彼は焦りを感じているのだろうか。

「作りたいモノは確かにあるのに、それが見えない」
「それが辛くてしょうがないんです」

アーティは、筆を振り上げてキャンバスに投げつけた。

「…もう何も描きたくない、うんざりだ!」

キミは、本当に絵を描くのが好きなんだね。

彼がアトリエを出てしまい、私は彼の未完成のキャンパスと見つめ合う。

何度も、何度も塗り重ねては「違う」と言われたキャンバスの中には、今のキミの素直な気持ちが形になって、一つの作品になっていると私は思ったけれども、

彼には言わない。

キミの悩んでいる姿も好きだからね。

「もっと悩むといいさ。
時間は沢山あるのだから」


キャンバス
20110303
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