「からっぽの重さ」


「キス、したいならすれば?」


俺がそう言って煙草を灰皿に押し付けて火を消せば、ちゃぶ台を挟んで向かいにいるカラ松が、“えっ”と少し上擦った声を出した。


「な、何で分かったんだブラザー」


キスがしたいと思っていたことをずばり言い当てられて驚いたらしいカラ松は、少し頬を赤くしてそう尋ねる。

あのね。と、俺は小さくため息をついた。

そういう関係である俺らが、珍しくこの家に二人きりになって居間でくつろいでいる今、俺の目の前で鏡と俺をちらちらと交互に見て、そしてその熱い視線を煙草を吸っている口元、いや、唇に注がれたら嫌でもその真意に気がつく。


「お前、分かりやすい。だいぶ」

俺が言えば、カラ松は鏡を伏せた。


「そうか。一松は俺の気持ち、いつも察してくれるよな。俺ももっと、一松のこと分かってやれたらいいんだが」


まっすぐ俺を見てこいつは言った。困ったように微笑まれる。

おい。それ、俺のこと何も分かってないって言っているようなもんだろ。

と、思わなくもないが、実際にそうだ。ただの兄弟だった時からそうだった。こいつは俺の気持ちを察することができない。それは、こいつの察しの悪さと、俺の表現の乏しさが相まってのもので、当たり前だが思いが通じてからも何も変わらないままだった。こいつは俺の気持ちを察することはできないくせに、いつも俺が欲しくてたまらない言葉を面と向かって言うのだ。でもきっと、カラ松は自分が言った言葉を俺が欲していたとは知らないだろうし、俺が欲している言葉が何かなんて分かっていないのだろう。カラ松はそういう奴だった。

更に言えば、カラ松は自分の言葉や思考に論理的な根拠を持たない男だ。元々、頭を働かすことが苦手だからというのもその理由のひとつであろうが、カラ松自身が、自分が信じていること、思っていることの裏付けを必要としないのが大きな理由だろう。つまり、こいつは自分の言葉や思考を疑わないのだ。いつかカラ松が言った、俺を信じているという言葉の理由を問い詰めてみても、きっと、“それは俺の兄弟だから”とか、“兄が弟を信じてやらなくてどうする”だとか、そんな答えが返ってくるのだろう。明確な理由を持たないのに、こいつの言葉に偽りはこれっぽっちもなくて、こいつ自身、自分の言葉を誰よりも信じているのだ。カラ松の言葉はからっぽで、そして重い。


「別にいいよ」

「よくない。俺ももっとお前のことを分かってやりたい」


珍しく俺に食いついてきたカラ松は、“それぐらい、一松が好きなんだ”と恥ずかしげもなく言った。唐突に言われたこちらは恥ずかしさで頬が熱くなるのを感じながら、“バカじゃないの”と返した。照れ隠しだ。そんなこと分かっている。

でも、こいつに何で俺のことが好きなのと尋ねても、きっと明確な理由は返ってこないのだろう。それでも、その思いに何の偽りも疑いもないと分かっているから、俺はそのからっぽの重さを知っている。中身がないんじゃなくて、馬鹿みたいに愛が詰まっているその重さを。別にカラ松に俺の気持ちを分かってほしいとは思わない。だってこいつは俺が求めている言葉を、こうして自覚なく与えてくれるのだから。俺はそれで十分すぎるほどに満たされている。でも、それをまっすぐに伝えられないくらいに俺はひねくれているから、その代わりに、こいつの耳元で囁いてやった。




「いいから、キスして」



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