「ひとつ」


事を終えた気だるさの中で、同じベットに横になっているこの時間はとても心地よい。この時間だと、俺が隣に横たわる弟の頭を撫でたり、髪をすいたりしてもさほど嫌がられない。それをいいことに俺は一松の髪に触れている。このように体を重ねる間柄になっても、一松の俺への塩対応はあまり変わらず、普段はいい顔をしないのだ。俺にされるがままになって頭を撫でられている一松は、俺よりも少し疲れては見えるが、そこはやはり男だからなのか、いくぶん、すっきりした様子だった。とは言っても女を抱いたことがないから、はっきりとしたことは分からないが。


「喉、渇かないか?」


うつ伏せのままの一松がこくんと頷いたので、ひと撫でして彼の髪から手を離し、ベットの脇の小さな冷蔵庫からお茶のペットボトルを取って差し出す。


「はい」

「ん」


一松は起き上がって俺からペットボトルを受け取った。


「煙草、吸っていいか?」

「どうぞ」


何だか口が寂しくなったのでそう尋ねると、簡単にそう返された。以前、何かで読んだことがあるが、事後に男がやってはいけないことランキングのトップに入るのは、たばこを吸うことらしい。まだ一松と付き合って間もない頃は、俺もそういうことを気にしていたが、一松の“別にいいよ。お互い女じゃないし、今更、気を使うのも変でしょ”と、潔く言われてからは気にしなくなった。セックスの後の一服はうまい。と、俺は思う。


「あれ…俺のジーパンどこいった」


煙草とライターは、俺のジーパンのポケットに入っている。ベットの上には入り乱れた白ばかりが広がり、そこに薄い青など見当たらない。いつどの辺で脱いだかなど、快楽に流されてもう記憶にはなかった。軽く見渡すと、ベットの下にそれを発見し、煙草を取り出す。


「あった?」

「うん、下にあった」


“そんなとこに?”という一松の言葉は、少し笑いを含んでいて、つられて俺も少し笑った。
火をつけた煙草を大きく吸い込む。胸いっぱいに入ってきた灰色の煙をゆくらゆくらと吐けば、目の前の景色に霧のように立ち込めた。安いホテルである。そう広くもない。だが、このホテルに慣れているわけでもないのにどこか安心できるのは、一松とふたりだけだという事実が嬉しいかもしれない。誰にも見られていないということが、こんなにも嬉しい。それを自覚する度に、どこかで負い目を感じているらしい自分をも自覚するのだ。何だか重い物が胸に溜まっていく気がして、煙と一緒に大きく吐き出した。

そういえば。ずっと気になっていたことがある。


「なあ、一松。俺とやってるとき、どんなこと考えているんだ?」


ぶっ!!と、隣からすごい音がしたから驚いて横を見れば、お茶を飲んでいた一松が勢いよく吹き出したらしい。


「おい……クソ松…」

「わ、悪かった!見てなかったんだ!」


口元を手の甲で拭いながら、すごい血相で睨まれた。俺は急いで手元のティッシュを何枚も引き抜いて一松の口元に当てた。


「唐突過ぎるだろ、何なの」

「す、すまん」


だって気になるじゃないか。拭いた後のティッシュを一松から回収しながらそう思う。それというのも、一松は顔を見られたくないからとバックでしかやらせてくれないからだ。だから行為の途中、俺は一松の顔を見たくて、こっちを向いてほしくて仕方がなくなる。でも、一松の意思を無視したくはないので、今までずっとこちらの気持ちを強要はしなかった。今日もそうだった。何回も何回も一松の名前を呼んで、その度に苦しくなる。枕に顔を押し当てて、愛しい声を上げるお前のその顔を見たい。俺が与えるものでいっぱいいっぱいになっている、そんなお前の顔を見たい。俺は一松とやっているとき、そればかり考えているんだ。

なあ、一松?お前は何を考えている?


俺にしては粘り強く尋ねていると、一松がこちらを向いた。


「いつも飛ばしてがんがん腰打ち付けてくる誰かのせいで考え事なんてしてる余裕ないんだけど」

「そ、それは…!一松だってもっとって言ってたじゃなi」

「うるさいクソ松黙れクソ松!!」

「ええっ」


“せめて最後まで言わせて!”なんて叫びながら、俺が聞きたいのはそういうことじゃないんだよなあと頭を抱えた。難しい。自分が思っていることをうまく相手に伝えることも、頭でその方法を考えることも、俺にはとても難しい。


「まあ、強いていうなら」


隣で項垂れる俺を見たからか、どうやら答えてくれる気になったらしい。一松の声に顔を挙げた。


「強いていうなら何だ!?」

「いつも、このまま死ねたらいいのにって思うよ」

「Why!!?」


die!?今、dieっつったこの弟!?さっき火をつけたばかりのまだ長い煙草を灰皿に押し付けた。煙草なんてもうどうでもいい。一松の衝撃のひとことのおかげで、口寂しさなどどこかに飛んでいってしまった。


「俺に抱かれるのがそんなに嫌なのか!?」

「違う!そういう意味じゃねぇから!」


思わず声を荒くして一松の肩を掴むと、一松もそれに呼応するように声を大きくして俺の腕を掴んだ。一松の言葉に少しだけ安堵するが、まだ不安から鼓動が速い。


「じゃあ、どういう意味だ」


少し声を低くして尋ねれば、一松の頬がかあっと赤くなる。それがすごくかわいらしくて、いとおしくて、目の前にある唇にキスを落としたくなる自分を全力で抑えた。この質問に答えてくれるまで、お前からねだられたってしてやらない。


「教えてくれ、一松」

「……一回しか言わないから」

「オーケー、ブラザー」

「……繋がったまま死ねたら、何か、またひとつに戻れそうじゃん」


ぽつり、と独り言のように一松はそう言った。こんな至近距離でも、意識してなければ聞き逃してしまいそうだった小さな言葉は、俺の鼓動を大きく揺らした。先程とは違う意味で、鼓動が速くなるのが分かる。


「またって…」

「意味が分からないなら忘れて」


俺の腕を振りほどこうとする一松の力に逆らって、俺は一松を抱き締めた。


「忘れない。忘れるもんか」

「忘れろよ!!」

「何で強気!?」


そうだった。俺たちは元々、ひとつだった。ひとつの細胞から、ひとりの人間として生まれるはずだった運命を六つに割って生まれてきた。一卵性の六つ子の弟である一松を好きになってしまったことはもちろん、その思いが重なってしまったことに対しても、幸せだと思う心のどこかでずっと罪悪感を感じていた俺は、今の一松の言葉で胸がすっと軽くなった気がした。

そうだった。俺たちは元々、ひとつだったのだ。その定めですら、なかなかあることではないのに、もし俺たちが結ばれることも確定していたなら、俺はこの運命に身震いしてしまうほどの歓喜を感じる。

なあ、一松。これは運命だ。俺たちが六つ子として生まれ、兄弟として過ごし、俺がお前に惹かれ、お前も俺を慕うようになったのは、決して罪ではない。これほどの偶然、もはや必然としか思えない。運命なんだ。これは。お前を心から愛していいんだ、きっと。



「一松」

「何」

「そんな最期だったら、俺は幸せだ」


俺はそう囁いて、一松を抱き締める腕に力を込めた。お前とまた、ひとつに戻れる。お互いがお互いである線が溶けきって、ひとつに。きっと時間はかからないだろう。


「俺もだよ、カラ松」


そう言った一松は、俺の思いに応えるように俺の背中に腕を回した。触れ合う肌からお互いの体温を感じて温かい。その体温すら俺たちは同じなのかもしれないけれど、今の俺にはそれが、たまらなくいとおしかった。






「なあ、一松」

「何?」

「そんな最後を迎えるためにも、顔を見てしたいんだが……」

「クソ…言わなきゃよかった」

「撤回は認めないぜ、ブラザー?」

「うるせえよクソ松が!鏡でも見て一人でヤってろ!!」

「そんなに嫌なのか!?」







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