「証」




「文次郎、舐めろ」


呼ばれた己の名に顔を上げれば、顔の目の前にすらっと伸びてきたのは、奴の白い右足だった。


「は……?」


耳に入ってきた言葉の意味が分からなくて、間抜けな声が出た。開いた口が塞がらないとはまさにこのことで、実際、俺の口は閉じることも忘れ、半端に開いている。


「聞こえんのか。舐めろと言っている」

「正気か」

「今まで私が気を違えることなどあったか?」


ほれ、と足の指先で俺の首筋をすっと撫でた。いつもの強気な態度と高飛車な口とは裏腹に、“舐めろ”と急かすその目は、何ともいえない哀愁を含んでいた。

仙蔵、なぜ、お前がそんな顔をする。


「何がしてえんだ」

「うるさい男だな」

「何かあったのか」


そう聞けば、仙蔵は苦しそうに眉を潜めた。


「何もないさ」

「そうか」


俺はその細く白いなめらかな指先を、べろりと舐めた。同じ男のものとは思えないその綺麗な足の踵を手で持ち、ゆっくりと舌を這わせた。冷たい。いい心持ちなんてしなかったが、黙って目を瞑った。

少し前、仙蔵が言ってたことを思い出す。

“私は確かなものが欲しい”

“お前と私を繋ぐ、確実な何かが”


くだらねえ。くだらねえよ、仙蔵。そんなもんがあって、何になるというんだ。そんなもんがなくたって、俺はお前を離すことはないのに。でも、お前がこんなことで安心するなら、俺は何だってしてやる。今さらお前に何をされようが、構わねえ。



「もういい」


細い足が、ゆっくりと離れていった。 目に涙を溜めた仙蔵がふっと間合いを詰めて、俺の唇を優しく奪った。


「上出来だ」

「ったく…世話が焼ける」

「文次郎、愛しているぞ」

「ばかたれ」



俺もだ。とは、言わない。そのぬらぬらとした右足を見れば、分かることだろう。今度は俺から奴の唇を塞いだ。



(その証)

(欲しけりゃ、くれてやるよ)


[ 4/4 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]