「知らない懐古」


クラスに男装している女がいる。立花という名前だ。今年初めて同じクラスになったため、まだ話したことすらないが、奴について聞いたことは幾度もある。そうざらにいるような人種ではないのだ。

眉目秀麗という言葉をそのまま人間にしたような女で、立花は全てにおいて完璧だった。成績優秀で常に学年1位を維持しており、その端麗な見た目から、皆に一目おかれている。色白の肌、切れ長の目、綺麗な長い黒髪はポニーテールで揺れている。

だが。立花が目立つのはそれだけが理由じゃない。彼女は男装しているのだ。男子生徒の学ランにポニーテールの姿はやはり異様で、好奇の目に晒されているが、女子生徒の大半はそんな立花に熱を上げている。奴のファングラブなるものも存在しているようだ。

まともに女の格好をしていればいいのに。

教室の席に座る立花の凛とした後ろ姿を見て、そんなことを思った。




「立花」

「潮江か」


ここは屋上だ。昼休み、たまたま足を運べば、偶然か、あの立花がいた。まだ肌寒い4月。ここにいるのはどうやら俺と立花のふたりだけらしい。



「知ってるのか、俺を」


ついこの間同じクラスになったばかりの俺の名前を、あの立花が知っていることに少なからず驚いた。


「あぁ。あの万年2位だろう」


立花の言葉に、ぴきっと俺の額が鳴る。定期考査で俺は立花に勝ったことがない。


「テストがある度に私の名前の隣にお前の名前が並ぶからな。もう覚えてしまった」


からからと目の前の立花が笑った。馬鹿にされているのに、なぜか腹が立たなかった。少し冷たい風に揺れる長い黒髪を、綺麗だと思った。


「うるせえ、次こそは抜かしてやるからな」


“笑ってられるのも今のうちだ“と俺が言えば、”ほう、それは楽しみだ”と、立花が余裕綽々に答えた。


「立花」

「何だ」

「お前、何で男の格好してるんだ」



ほとんど初対面だと言うのに、気がつけばそう尋ねていた。立花は怒ることもなく、気分を悪くした様子もなく、緩く微笑んでいた。少しの沈黙の後、立花は口を開いた。



「お前に私はどう見える?」


「……は?」



質問の意味が分からなくて、言葉にならない声が出た。というか、俺の質問は無視なのか。そんな俺に立花はまた問いかけた。



「お前の目には、私は女に映っているか?」



そんなこと当たり前なのに。立花は女であるはずなのに。優しく微笑む奴に、俺はなぜか答えられなかった。突然、分からなくなった。


そしてなぜか、懐かしかった。


“どうなんだ、文次郎”

この懐古も、呼ばれたその名前も、俺は知らない。





(知らない懐古)

(何が懐かしいのか、何で懐かしいのか、)











[ 3/4 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]