「白ゆりの威厳」


「立花、お前宛だ」


近い上司に呼ばれ、突然目の前に差し出されたのは、薄汚い茶色の小包だった。


「私、ですか?誰から…」

「そんなもん知らん。ほら」


まるで花を包むようにくるまれた歪な形のその小包を、私は半信半疑で受け取った。花などを贈られるような相手は私にはいないし、そもそもこれの中身は花なのか?上から与えられた小さな自室にそれを持ち帰り、畳に胡座をかいて、目の前に置いた。肘を膝について眺める。

あの箱庭を出て、もう2年が経った。卒業してから私は、ある城の忍者隊に入り、城に、殿に、忠実に尽くしている。とはいっても、世に出た者としてはまだまだ若造で、うまく忍びとして生きていくためにもがいていたら、この月日はあっという間に過ぎていった。

茶色の包み紙に手を触れてみた。思ったよりも固い。両手で開く。白い少し柔い包み紙が出てきた。それも丁寧に開く。



「しらゆり…か?」



紙の下に現れたのは、一本の白ゆりであった。細くもしっかりとした鴬色の茎に、二枚の細長い葉と、その上にはふわっと大きく開いた白い花弁がこちらを見ていた。

ーー美しい

見事な白ゆりだと思った。鼻孔を擽る、そのむせかえるような甘い匂いも申し分ない。このようなものを贈る人間と、私は何かの付き合いがあっただろうか。いや、記憶の限りではなかった。そこで私は、はっとして、茶色の包み紙をひっくり返した。


ーー立花仙蔵殿


はっきりと墨で書かれた己の名に、私は叫んだ。


「文次郎!?」


見紛うはずがない。この堅くまっすぐな筆記は、六年間もあの箱庭の中で、見飽きるほどに見てきた、彼の、潮江文次郎のものだ。この白ゆりが、潮江文次郎から贈られてきたものだと確信したとき、私は青ざめた。あの男の身に何かあったのではないかと、思案したのだ。あいつが何もなしに私に贈り物をするような男ではない、そんなこと、わかりきっている。

まさか、まさか。お前はそんな柔な奴ではない。私が一番わかっている、お前がそんな簡単に死ぬわけがない。

私は血の気が引いた手で白ゆりを優しく持ち、包みに文か何かが同封されてないか探した。白ゆりの下に、蛇腹状に折られた白い和紙があった。ゆっくりと開く。これがお前の死の報告か遺書かだったら、承知せんぞと脅迫の念を唱えながら。


<俺は花言葉なんていう、洒落たことは知らん。

ただ、この白ゆりを見て、お前を思い出した。

それだけだ。>


頬が熱くなった。

「ぷはっ」


彼の癖のある字と、いやになるほど慣れた口調が懐かしくて。あるいは、彼の悲報を告げる内容の文ではなくて安心して。また、あるいは、男のあいつが男の私に花を贈ったことが滑稽で。そんな思いが入り交じった感情から、私は声を出して笑った。

ーー文次郎、なあ、文次郎

こんなにも穏やかになったのは、卒業して以来、初めてかもしれない。気づけば、私は手にある白ゆりを見つめて微笑んでいた。ゆっくりと大きな白い花弁の一枚に口付けてから、その白い夢の中で小さく呟いた。


「お前が花を贈るなんて柄じゃないな、文次郎」


“うるせえ、仙蔵”

声が、聞こえた気がした。









(花に向けての独り言ですら、“好き”と言えない私には、)

(白ゆりの威厳などない)








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