「遠回り、そして」


「花先輩が来たって……!」


一人のくのたまが食堂に駆け込んで、そう声を上げた。それに呼応するように、その場にいたくのたま達が一斉に黄色い声を上げる。久しく聞いていなかったその名前を聞いて、ずきりと私の胸の古傷が痛んだ。


「どうしたの?●●」


友人に肩を叩かれてはっとする。思わず、眉間に皺が寄っていたらしい。


「い、いや。別に」

「それよりさ!聞いた!?今、花先輩、来ているらしいね!」

「うん、聞いた」

「あんた同じ作法委員だったもんねー、懐かしいでしょ?」

「そうだね、久しぶりに会いたいなぁ」


そう言って私は笑った。

花先輩はかわいらしく、美しい女性だった。長い絹のような黒髪をいつも高く上げて結っており、彼女が動くたびにそれは綺麗に弧を描いた。色白で端麗な顔立ち、頬は桃色。また、くのたまとしても優秀で、座学実技共に完璧だった。そんな彼女はくのたまの憧れの先輩で3年前に卒業したにも関わらず、今なお、くのたまの中で不動の人気を誇っている。まあ、それは先ほどの黄色い悲鳴を聞けば分かることだろう。

私は、花先輩に作法委員会でお世話になった。作法委員会の仕事から、くの一のことまでいろいろな知識を授けて下さった。たくさん、甘えさせて頂いた。とてもいい先輩だった。憧れでもあった。


だが。


私はあの先輩が好きにはなれなかった。






***




「●●、花先輩がいらっしゃっているのを聞いたか」


私の自室を訪ねてきたのは、立花仙蔵だった。その一報を聞いてから、なかなか進まなくなった箸を無理矢理動かし、飯を胃に押し込んで食堂を出た。自室に戻って本を読んでいたときのことだった。


「そうらしいね。仙蔵はあいさつした?」

「いや、まだだ。だからお前と一緒に行こうと思って来た」



私と仙蔵は同級生で、同じ委員会ということもあり、忍たまとくのたまにしてはかなり親しかった。1年生の頃から今まで、ずっと一緒に成長してきた。そんな彼を私はずっと好きだった。


「え、私は後でいいよ」

「なぜだ」

「仙蔵、ひとりで会ってきなよ」


目も合わせずに言う。“なぜだ”なんて。だってあなたは。

ずっと、彼女を愛しているじゃない。


友人の立花仙蔵が3つ上の花先輩を好きだったのは知っていた。気づいていた。私が彼を好きだったから、だからわかってしまった。幼い頃から、今と変わらず冷静沈着な彼が恋をするのも納得できる。だってあの、あの先輩なのだから。私が先輩に憧れていたぶん、苦しかった。私があの先輩に敵うわけがない、彼に私を見てもらえるはずがない。仙蔵も仙蔵で、花先輩に思いを伝えることもなかった。やはり、あまりにも彼女が大きすぎたのだろう。

あの人は、私にとっても仙蔵にとっても、大きすぎた。



仙蔵の女装姿。まことのおなごかと見紛うようなその美しい姿は、あの先輩によく似ている。意識して似せているのか、無意識なのかはわからないが、彼はきっと、まだ彼女に恋をしているのだろう。私がまだ、立花仙蔵に恋をしているように。


「いいから、ひとりで会ってきて」

「そんな顔のお前を残してか?」

「どんな顔してる?私」


そう尋ねたら、近づいた彼に抱き締められた。驚きで目を見開く。


「“行かないで” “抱き締めて”、そんな顔だ」


耳元で囁かれた。心に思っていたことを見抜かれて、また驚く。見開いた私の目から熱い涙が溢れた。


「ちゃんと笑ったつもりだったのになぁ。私、くの一失格だね」


彼の腕の中で自嘲する。声が震えた。


「何を言う。お前はちゃんと笑えていた」

「え、じゃあなんで……」

「何年、お前だけを見てきたと思っている。何年、お前だけを思ってきたと思っている。好きだ、●●」


迷いのない彼の声が私の鼓膜を揺らす。それを裏付けるように強く抱き締められた。あぁ、これが現実だというの。嬉しくて、苦しくて、訳もわからず涙が止まらない。


「そんな泣くな。私が泣かせたようじゃないか」

「そうだよ、仙蔵のせい……っ」


困ったように笑いながら、彼は私の背中を擦る。


「仙蔵は、ずっと、花先輩が好きなんだと思ってた」

「確かに、先輩として憧れていた。幼心に感じたその憧れを恋心と勘違いしたこともあった。だがな」


顎に彼の細い指を当てられ、くいっと軽く持ち上げられる。真剣な彼の目に、私が映った。


「私の視線の先にいるのは昔も今も変わらない。……●●、お前だ。」


あぁ、やっと。


「私も、ずっと好きだったよ!仙蔵のことが!」


あぁ、やっと。やっと思いがつながった。




「あ!ふたりとも、ようやくくっついたのね!」


その後、ふたりで花先輩に挨拶をしに行くと、開口一番にそう言われた。どうやら在学中から私たちの秘めた思いに気がついていたらしい彼女に、先輩にはやはり敵わないと、私と仙蔵は顔を見合わせて苦笑したのだった。





(遠回り、そして)

(やっとあなたに辿り着く)


〇〇
「仙蔵の女装、どこか花先輩に似てるよね」

立花
「そうか?」

〇〇
「うん…。もともと、容姿が似てるっていうのもあるけれど、化粧が似てるかな」

立花
「やはり、まだそうなのか」

〇〇
「どういうこと?」

立花
「実はな、私に初めて化粧を教えて下さったのは先輩なんだ」

〇〇
「えっ!そうだったの!?」

立花
「あぁ。初めての女装の授業の前にどうしても予習しときたくてな、指導をお願いした」

〇〇
「あ、なるほど。だから…」

立花
「たぶん、まだ先輩の癖が残ってるんだろう。初めて教わったものだから、基礎として染み付いてるのかもしれん」

〇〇
「なんだー、安心した。てっきり、まだ恋がれてて意識して似せてるのかと」

立花
「そんな変態じゃない」

〇〇
「ははっ、でも仙蔵の女装、好きだよ」

立花
「知っている」







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