「水面に浮かぶそれは」


青い空に白い積乱雲は夏の風物詩だ。照りつけるような日射しが容赦なく注がれ、うだるような気温に夏を感じざるをえない。朝からこんなに暑いのだから、昼頃にはどうなってしまうのだろうか。

私は制服に腕を通し、身支度を整えてから井戸に向かった。学園内に生徒の声は聞こえない。それは今が早朝だからではない。夏休みだからである。
忍術学園では基本、長期休みに生徒は家に帰ることになっている。ではなぜ、夏休み初日にも関わらず私が学園にいるのか。それは、私が会計委員だからだ。会計委員会は学期中に予算の帳簿を確認し終わらず、夏休みに3日ほど残って作業することが、毎年の恒例になっている。一応、会計委員会の名誉のために言っておくが、学期中に帳簿の確認が終わらなかったのは、各委員会の予算報告書の提出が期限ぎりぎりだったからである!


「あ、潮江先輩ー!おはようございます!」

「お、●●か。早いな」


朝の鍛練の汗を流していたらしい、潮江先輩に挨拶をする。上着を脱いでおり、黒い肌着で水を浴びるその姿はなんとも夏らしい。


「朝の鍛練ですか?」

「そんなもんだ」

「お疲れ様です」


“よかったらどうぞ”と、手に持ってきた私の手拭いを差し出した。


「いいのか?」

「はい!」

「すまんな」


潮江先輩が私の手拭いで水を拭いているとき、井戸に何か、丸い物体が見えた。


「ん?何ですか、あれ」

「あ」


近づけば、緑と黒の球体。それは“すいか”だった。井戸の冷たい水にぷかぷかと浮かんでおり、流れないように縄で繋がれている。



「すいかだ!!」

「あぁ、ばれちまったか」

「え、じゃあこれ、先輩が?」

「まぁな」


朝早く、潮江先輩が町に行って買ってきたらしいこの大きなすいか。


「一人で重くなかったんですか?」

「これくらい軽い軽い。朝の鍛練にちょうどよかった」

「何でまた?」

「いや…せっかくの夏休みにお前たちを働かせてるからな、たまにはこういうのもいいだろ」


照れたように頭をかいた彼に、私の左胸はどきりと鳴った。あぁ、そうか。彼は私たち会計委員のためにこのすいかを。ふだんはその厳しさから鬼と称されることの多い会計委員長だが、私たちのことを一番に思ってくれている。その不器用な優しさに、私は惚れたのだ。


「みんな喜びますね!今日は暑いですから」

「そうだな」

「早く食べたいです」

「まだだ、仕事してからだぞ」

「わかってますよ、ないしょですね」

「ああ」



“よし!1年坊主たちを起こしに行くか!”

仕事だ仕事!そう言って走り出した彼を私も追いかけた。彼の手には私の手拭い。たったそれだけのことなのに、なぜか私の心は満たされる。


「あ、待って下さいよ〜!」

「早く来い、●●」


振り返れば、緑と黒の表面についた水滴が、朝日を浴びてきらきらと淡い光を放っていた。彼の思いやりがそこにはあった。



[ 3/10 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]