「そしたら、さようなら・2」




その言葉に小さく頷けば、彼は私の背中を擦る手を止めた。何の脈絡もなく泣き出した私を、彼は静かに慰めてくれた。“ごめん”と言って彼の顔を見ると、勘ちゃんは眉を潜めて、その丸い目を心配そうにこちらに向けた。


「何かあったの?」

「ううん、何も。飲み過ぎたかな」


少し笑って見せても、彼は何も言わなかった。勘ちゃんは人の気持ちに敏感だ。自分は悲しくても悔しくてもへらっと笑っているのに、人のことにはよく気がつく。彼のそんなところが私は好きになったのかもしれない。酔った頭でぼんやりと考えながら、私はテーブルに置いた飲みかけのビール缶を手に取った。


「勘ちゃん、ありがとう。もう、平気」

「うん」

「これ、まだ残ってた」


そう言って、缶を口元に運ぼうとした腕を掴まれた。


「いいよ。する?」

「えっ…」


その丸い目にまっすぐと映された。酒に強い彼も、相当酔っているらしい。


「うん。お願い」


私はそう言った。もう涙は出なかった。酔った勢いなんてよくいうものだから、そのまま押し倒してよ。そんな心配そうな顔、しないでよ。

勘ちゃんは私に近づいた。肩に手を置かれ、ゆっくりと倒される。背中に床の硬さを感じた。


「本当にいいの?」


上からそう尋ねられる。


「何が?」

「俺、やっちゃうよ?」

「いいよ。誘ったのは私だし」

「俺ら、友達だったよね?」

「うん、ずっとそうだったよ」



ずっと、友達だったよ。

でも私は、ずっと勘ちゃんが好きだった。



「……俺で、いいわけ?」



いいもなにも。

私はずっと、あなたがよかったのに。



「他の女の子たちにも、こんなこと聞くの?」

「え?」

「尾浜は女の子とするとき、いつも俺でいいかって聞くの?」


聞くわけがない。彼とその女の子は、そういうことをする関係なのだから。私と尾浜は友達だから。だから、彼は聞いたのだ。“俺でいいのか”、と。



「聞かないかな」

「じゃあ、私にも聞かないで。お願い、その子たちにするみたいにして」



私の言葉に、勘ちゃんは困惑の表情を深めた。そうやってあなたに抱かれたら、私はその女の子たちと同じ。勘ちゃんに遊ばれて、セックスして、捨てられるの。

そしたら、さようならをしよう。

私はもう、この思いを抑えてあなたと友達でいることが苦しい。終止符を打ってしまいたい。







「ごめん」


目を閉じて待っていたら、降ってきたのは唇ではなく、謝罪の言葉だった。


「な…何で?」


目を開けば、泣きそうな顔をした彼がいた。








「俺、●●が、ずっと好きだった」






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