「そしたら、さようなら」


目の前のテーブルには転がった何本かの空き缶。あまり見ていない深夜の騒がしいテレビ。ここは尾浜勘右エ門の家だ。


「●●、今日はよく飲むねー」

「そう?」


本日何本かのビールに手をつけると、勘ちゃんがそう言った。普段はあまり飲めないから飲まない方だが、今日は違った。ひどく酔いたかった。


「あれー、おつまみもうなかったっけー?」

「コンビニの袋はぁ?」


私が呂律の回りきってない口で言った。勘ちゃんががさがさとレジ袋の中をかき回す。


「おお、まだイカあるじゃん。俺ももう一本飲んじゃお」


プシュッと気持ちいい音がする。勘ちゃんは酒に強い。私は彼が飲むのを見ながら、ちびっと手元のビールを飲んだ。

勘ちゃんと私は高校生の頃の同級生だった。人懐っこい彼とはすぐに仲良くなり、大学3年生になった今もこうしてたまに会って飲んでいる。

だからだろうか。一緒にいると楽しくて、ここちよくて、嬉しくて。まるで家族のような気兼ねさに、十の昔に彼に感じた恋心を隠し続けてしまったのは。彼はきっと、私のことなんて女として見ていない。男の家にきて胡座をかいてビール片手に笑ってる女なんて。まあ、そんなことはもう分かりきったことだけれど。


「あ〜あ、女の子ほしいなぁ」


あ〜あ、何で私はこんなやつが好きなんだろう。


「この前話してた子とはどうなったのよ」

「んー?」

「また別れたのね、相変わらず早いこと」

「さすが●●ちゃん。俺のことよく分かってる」

「何年の付き合いだと思ってるの」

「このまま付き合っちゃおうよ」

「ばか」


私は軽くあしらった。彼はそういう冗談を簡単に言う男だ。勘ちゃんは女にだらしない。最初からそうだったわけではなく、高校生の頃からだんだんとそうなっていったと、彼とと幼馴染みの鉢屋が言っていたのを聞いたことがある。女の子をとっかえひっかえする彼は、3ヶ月ももてば長い方だ。別れる理由の大抵は、“飽きた”とか“浮気がばれた”とからしい。



「勘ちゃん、モテるくせに。何で長続きしないのかな」

「飽きっぽいんだろうね、たぶん。俺は女の子といちゃいちゃしたいだけなの」


彼と付き合って、遊ばれて、セックスして、捨てられた女の子たちはどうなったんだろう。それでもまだ勘ちゃんが好きなんだろうか。

私は、どうしたいんだろう。勘ちゃんが好きで、ずっと苦しくて、それでも友達でいることを選んで。今も変わらず彼と笑ってられるのに、私は彼に捨てられた女の子たちが羨ましい。かわいそうな彼女たちが羨ましい。女として見られて、一晩でも彼と過ごせる。“友達”ではなく、二人の“男と女”として。


気づけば、酔った口が言っていた。





「勘ちゃん、……しようよ」



恥ずかしさなんてなかった。ただ、




「●●……何で泣いてるの?」








涙が溢れた。








(1度だけ、夢を見させて)

(そしたら、さようならをしよう)





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