「君の目的」


「五年の〇〇です、失礼します」


ある穏やかな昼休み。こんな日には中庭でお昼寝でもしたいところだが、生憎、保健委員である私は保健室の当番だ。一声かけて障子を開けると、


「やぁ」


曲者がいた。


ーースパーンッ


勢いよく障子を閉めた。


「ちょ、そんな露骨に!」

「まぁ、委員会なんで入りますけどね」

「ふつうに入ってきたね」


にやっと笑った曲者に、私は睨み付けるように目をやった。そんな私を見て、曲者の隣に座る善法寺伊作先輩は苦笑している。


「また何のご用ですか?伊作先輩も伊作先輩ですよ?どうして曲者を簡単に学園内に入れるんですか」


私には理解できないのだ。1つの城の忍び組頭を務め、恐ろしい実力者と言われるほどのプロ忍者の雑渡昆奈門が、なぜこの学園によく遊びに来るのかが。そしてその訪問を、なぜ伊作先輩が受け入れるのが。
タソガレドキ城は、忍術学園の敵ではない。以前、ドクタケ城と忍術学園が敵対したとき、“敵の敵は味方だ”とタソガレドキ城が手を貸してくれたことがあった。だが、タソガレドキ城は完全に私達の味方というわけではない。あのときはドクタケ城を倒すという目的で助太刀をしたのだ。タソガレドキ城は忍術学園の敵でも味方でもない、つまり、一番警戒しなくてはならない存在なのである。戦国のこの世では当たり前の極意だ。そんなこと、六年生の伊作先輩なら、わかっているはずなのに。なのに、どうして。


「まぁまぁ、●●も落ち着いて?」

「お菓子食べる?」

「あ、いいただきます。って!そうじゃなくて!!」


うまい具合に流された私を見て、雑渡さんがふふっと笑った。悔しい。伊作先輩が差し出してくれたお茶を受け取り、不本意ながら曲者のお菓子をもらう。こうしてうまく丸め込まれてこの3人でお茶会をするのも、実はもう初めてではない。


「かすていら…ですか?」

「そうそう。雑渡さんが持ってきてくれたんだよ。よく手に入りましたね」

「うちの殿は南蛮好きだからね」


柔らかい黄金色の生地を口に含む。ほんのりとした甘さと、ふわふわとした食感が舌の上に広がった。


「……おいしい」


思わず口をついて出た言葉に、向かいに座る雑渡さんが柔らかく笑った。


「やっぱりね。●●ちゃん、気に入ると思ったよ」


なかなか見ないその表情に、不覚にも、どきりと心臓が大きく波打った。それを隠したくて、私は手元のかすていらを頬張った。


「あ。しまった!」


突然声を上げた伊作先輩に尋ねる。


「どうされました?」

「昼休み、新野先生に呼ばれてたんだ!すっかり忘れてたよ、行ってきます!!」


ばたばたと保健室を出ていった彼は不運にも2、3度転びながら、最後にこう加えた。


「雑渡さん!お菓子、ごちそうさまでした!●●、後は頼んだ〜!」




「何ていうか…彼も大変だね」


ひらひらと手を振っていた雑渡さんは、気の毒そうにそう言った。その言い方にくすっと笑って、私も言葉を返す。


「不運委員会ですから」


それからたわいない話をして、日が少しだけ傾いた。そろそろ昼休みも終わり、午後の授業が始まる。


「いやぁ、長居してしまったようだ。そろそろ曲者は帰るよ」


“曲者”

そのひとことに、はっとした。思わず立ち上がってその広い背中に声をかける。


「待って下さい!」


彼は障子を開ける手を止めた。


「あなたはなぜ、ここに来るのですか!?」


一瞬だった。障子にいた彼は一瞬で私との間合いを詰めた。さすがプロ忍とでも言おうか。目の前に彼の顔がある。互いの顔の近さに、目線を反らそうとするが、彼は猫のような目にまっすぐ私を映した。吸い込まれるようだった。


「忍者は本当の目的を簡単には言わないものだよ」


彼は私の頭に手をのせ、ふっと目を細めた。


「この手で私のものにするまではね」


“じゃあ、またね。伊作くんによろしく”と言うと、曲者は身軽に帰っていった。残された私は何も言えずにその場に座り込んだ。なぜか頬が熱い。左胸が妙に騒がしい。

私、どうしちゃったんだろう。あなたの目的が、私だったらいいなんて。



「また来て下さい……雑渡さん」





(もし本当の目的が君だって言ってしまったら)

(つまらないじゃない?)





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