居なくならないで。何処にも行かないで
俺達には、俺には、アンタが必要なんです


「南沢さん!!」

放課後、俺は校門で南沢さんを待っていた。校舎から流れ出て来る三年生の群れの中から見慣れた紫色を探し出す。
割とすぐに見つかった紫目掛けて思い切り叫んでみた。しかし当人はまるで聞こえていないかの様に校門を潜り抜けて行ってしまう
俺はひたすらその背中を追い始めた

「南沢さん、部に戻って来て下さいよ」

スタスタと歩く南沢さんの後ろを鳥の雛の様について行く。しかし俺のペースを全く気にせず進む先輩について行くのはなかなか難しい。なるべく差が開かない様に小走りで追いかけた

「もう余計な事しない様に、あの一年にも言いますし」
「俺が、もうやらせませんから!」

人込みをかき分けながら必死に呼び掛けるけど、何の反応も示してくれない。でも聞こえていない訳は無い筈だ。これしか距離が無いんだから
俺は一方的に先輩に向けて声を掛け続けた。きっと、そのうち俺に話し掛けてくれる。そう信じながら

しばらくついて来たところで、いきなり先輩がくるりと体を俺の方に向けた。急な事だったので驚いてしまい、勢い余って一歩後退る


「お前さ、何がしたいワケ?」

「え、」


先輩の口から発せられた言葉は予想していたものよりずっと冷たくて、思わずビクリと肩を震わせてしまった。
気付けば、道に俺と先輩しかいない。とても気まずい雰囲気が漂う。

「堂々とストーカーとか、笑えるな」

「ちが、そんなんじゃないです!!」

「じゃあ何だよ。」

俺は押し黙るしか出来なかった。確かに、勝手に追い掛け回していたから。先輩の合意の上じゃなければストーカーも同然だ
小さな声ですみませんと謝ったけれど、南沢さんの耳に届いたかは分からない
俯きながら目を泳がせる俺はチラチラと先輩の様子を伺う。もしかしなくても、機嫌を損ねてしまったかもしれない

ゆらり、と影が動く

南沢さんが俺に向かって歩いて来た
俺は反射的に一歩後ろに下がる

「お前、何勘違いしてんのか知らねぇけどさ」

「俺が辞めたいと思ったから辞めただけなんだけど」

「だから周りがどうなろうが関係無ぇんだわ」

「大体、お前ごときに何が出来る?」

「監督まで揃ってフィフスセクターに逆らおうとしてるんだ。もうどうにもならねぇさ」

淡々と話す南沢さんの言葉がグサグサと刺さる。何も言い返せない俺は、迫って来る先輩から逃げる様に後退るしか出来ない
無表情な先輩からの視線は泣きそうになる程痛くて、息が詰まった


「っあ、」


背中から伝わる衝撃と、ひんやりとした固い感触
踵が後ろに下がるのが阻まれる感覚
嫌でも分かる。もう行き止まりだ。
これ以上、先輩から逃れられない。チラリと後方を見やる。そこには無機質な灰色が広がるばかりだ


ガッ。
鈍い音と俺の短い悲鳴が重なった。


「ひッ……」


俺が見ていた壁に南沢さんが思い切り足をついた。俺の腹の横あたりの風を切った足に、思わず目を見開いてしまう。
流石エースストライカーというべきか、壁に掛かった威力は相当だった様だ


「なぁ、倉間?」


身長差のせいで、先輩は屈んでいるというのに上から見下ろされる。なんという威圧感。目頭が熱い
壁についた右足に自らの右腕を乗せ、うっすら笑みを浮かべながら覗き込まれるのは精神的にも追い詰められる


「そんなに俺が居なくなんのが嫌か?」

「…は、い」


思った以上に声が震えた。自分でも驚きが隠せない。
目を背けてしまいたかったが、先輩の漂わせる空気がそれを許さない。俺はまるで蛇に睨まれた蛙の様だった
そして先輩の弧を描いた唇から発せられる言葉に、凍り付く


「お前、俺の事大好きだな」


停止しそうな思考を必死に巡らせる
大好き?俺が、南沢さんを?
確かに、嫌いという訳では無い。しかし大好きだなんて、そんな行き過ぎた感情なんて、ある訳が無い。
それに、これはチームの為だ。南沢さんは、雷門サッカー部に必要なんだから
そう自分に言い聞かせた。

……言い聞かせる?
それって、本心と逆の事を自分に納得させようとしてるって事じゃないか
行き過ぎた感情は無い。その、逆って。


「(あぁ、そうか。)」


俺、南沢さんの事が好きなんだ。


重力に従ってズルズルと座り込む
先輩の脚が調度俺の顔の横に来たが、全く気にはならなかった
俺は、南沢さんが、好き。それしか頭に無い


「悪いけど」


先輩が、真面目な顔で何か告げようとする。俺は全神経をそちらに向けた
さっきの言葉から、嫌な汗が出てきた
悪いけど、って。
今の俺の混乱している頭では、もうこれ以上の事態を把握出来る程の容量は残ってはいない
そんな俺に、言葉の槍が突き立てられる



「俺、お前の事そこまで好きじゃねぇんだわ」



目の前が、真っ暗になった
最後に見えたのを覚えているのは、先輩の小馬鹿にした様な笑みだった







始まった瞬間終了しました。





さよなら、ハツコイ






 

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