HNで呼ばないで7

「なんなんだ、この行列は!?」
 
休み時間になって偶然職員室の横を通った俺は、その異様な姿に驚愕の声をあげた。

 いつも閑散としているはずの職員室に、何故か黒山の人だかり。

 そのほとんどが女子で、中に入れない先生たちが困り顔で立ち尽くしている。

 もしかしなくても、この混雑の原因はアイツだ。それ以外に思い当たることはない。

 ま、俺には関係ないことだし。アイツには出来ればあまり関わりたくない。

 そう思って横を通り過ぎようとした時、急に女子生徒の波が動き出した。

 それと連動するように職員室の中からアキラが弾丸のように飛び出してきた。

「おい! 逃げるぞっ!」

「は? ちょっ」

 目が合った瞬間、真っ直ぐに俺のほうへ走って来る。

 戸惑う間もなく腕をつかまれ物凄い勢いで引き寄せられた。

 前につんのめりそうになりながら腕を引かれ、わけもわからず一緒に走らされる。

「なんなんだよ、一体」

「この辺で見つかりにくい場所はないのか?」

 そんな事言われてもすぐには思い出せない。

 走りながら曖昧な記憶を辿る。

「確か二階の奥に使ってない空き教室があったような気がするんだけど」

「二階奥だな!」

「うわっ、ちょっ!?」

 言うが早いか、がばっと持ち上げられた。

「離せよ馬鹿! 離せって」

「うるさい。 お前の速さで走ってたら足手まといなんだ」

「な――っ」

あまりの言われように絶句した。足手まといって。

 そりゃ確かに足は速いほうじゃないけど。じゃぁ俺を置いていけばいいじゃないか。

 高一にもなってお姫様抱っこなんて恥ずかしすぎる。

 そんな事を言ってる間にも女の子達がどんどんこっちに迫ってくる。

「話は後だ後! いいからおとなしくしてろ」

 ガッシリと抱え込まれ、物凄い勢いで階段を一気に駆け上がる。

 あまりの速さに今降りたら振り落とされそうで、怖くて思わずアキラにギュッとしがみついた。


「……教師が廊下を走っちゃまずいんじゃないの?」

「あんな大群で押し寄せられたら、逃げるしかないだろう」

 苦笑して、追っ手が来ないことを確認するとそっと扉を閉める。

 あの後、なんとか女の子達を振り切って、薄暗い空き教室へと侵入することに成功した。

 確かにコイツのいう事はもっともで、あんなに大勢で追いかけられたら誰でも逃げ出したくなるかもしれない。

「ここなら安全そうだな」

 ようやく安心したのか、冷たい床に座り込み、ポケットから煙草を取り出し火をつけ……。

「ちょっ、校内で煙草なんて、なに考えてんだよっ!」

「いいじゃないか。誰もいないんだし」

「ここにいるだろ!」

 俺の突っ込みは綺麗に無視してフーッと煙草の煙が舞い上がる。

 あまりの煙たさに思わずむせてしまった。

 全く、なんてマナーの悪い教師だ。

 こんなのが教師だなんて信じられないっ! 睨んでも効果はなく、逆に鼻で笑われてしまった。

「今日は、女装してないんだな」

「んなっ!?」

 唐突にニヤリと笑われ、ギョッとして目を見開く。 

 上から下まで舐めるように見つめられ、沸き起こる怒りで唇が震えた。

「俺にそんな趣味はねぇよ! 馬鹿っ!!」

 思わず大きな声を張り上げて、慌てて口を塞ぐ。

 幸い、バタバタと廊下を走る足音はするものの誰かがここに入ってくる気配はない。

 ホッとしてそろりと息を吐いた俺の横で、アキラがククッと喉を鳴らした。

 なんとなく馬鹿にされてるようでムカつく。

 俺はなんとか冷静さを取り戻そうと深呼吸を一つ。

 急に静かになった室内に煙草をふかす音だけが響く。

「あんた、教師だったんだ」

「まぁな」

 とてもじゃないけど信じられない。そう言うとアキラが「だろうな」と小さく呟いた。

 だって、俺にあんな事したヤツが教師だったなんて、やっぱり信じられない。

 あんな事、の中身を思い出してしまい顔がカァッと熱くなった。

「なんで、この学校に来たんだ?」

 担任の須藤が産休に入るのはちょうど四月に入ってからだから俺たちが一年の間は大丈夫だって話だったのに。

「――お前にもう一度会いたかったんだ、って言ったら、どうする?」

「…………ぇえっ!?」

 ふっ、と頬に手が触れた。

 鋭い眼差しは真剣で、心臓がバックンバックンと激しく脈打ちだす。

 あまりに唐突な告白に頭の中がパニックだ。

 俺に……会いたかったなんて、そんな……。

「嘘だろ!?」

「あぁ、嘘だ」

「え」

 さらりと言われ、目が点になった。

「ここの学校は美人が多いって有名だからな。前から目をつけていたんだ」

 ニヤリっ、と意地悪な笑みを浮かべる。

「大体、お前がこの学校にいるなんて知るわけがないだろう? 単なる偶然だ」

 もしかして、反応をからかわれた?

 美人が多いから前から目を付けてって……。もしやソレが目的でウチの学校に!? 信じられねぇっ!

「お前は俺に再会して嬉しそうだし、よかったじゃないか。なんならいつでも相手してやるぞ」

「嬉しいわけないだろこの淫行教師っ!! 誰がお前なんか……っ!!」

 全てを言い終わる前に頭をふわり、と撫でられた。

 そしてまた意地悪な笑みを浮かべながら、そのまま教室を出て行ってしまった。

 アキラって、アキラって……っ。とんだエロ教師だ。

 遠くでチャイムの鳴る音を聞きながら呆然と立ち尽くす。

 やっぱりお近づきになりたくないタイプだと、改めて認識した。



[prev next]

[bkm] [表紙]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -