HNで呼ばないで3
車に乗って、まず最初にお互いの簡単な自己紹介をした。
男の名前は「アキラ」 二十八歳。
モデルかと思って訊ねたら笑い飛ばされてしまった。
じゃぁ、何をしてる人なんだろう? サラリーマン? この人がスーツ着て外回りとかしてる姿ってあまり想像できない。
結構気さくに話してくれるから、ガチガチに緊張しきっていた俺も段々気持ちが緩んで、そんなに悪い人じゃないんじゃないかと思い始めていた。
「ところで、何処に向かってるんだ?」
「いい所だよ」
着いたらわかる。意味深な言葉を残して、車はどんどんと人気の無い道を進んでいく。
いいとこって、どこなんだろう?
映画館やカラオケなら、駅から歩いてすぐの所にあるし。もしかして遊園地? な、わけないか。
行き先はわからないけど、アキラもどうやら普通の人みたいだし、そんなに心配する事はないのかもしれない。
暖房のよく効いた車内は、猛烈な眠気を俺にもたらして瞼がだんだん重くなる。
「まだ、着かないからゆっくりしてていい」
「う……ん……」
そっと大きな手が優しく頭を撫でた。その感触があまりにも心地よくてふわふわと浮いているような感覚になる。
「おやすみ。ハル……」
アキラの低音ボイスをどこか遠くに聞きながら、俺の記憶はその辺でぷっつりと途絶えた。
「――ハルさん」
どのくらい走ったんだろう。
いつの間にかウトウトしていた俺は、軽く身体を揺すられたことで目を覚ました。
「ここは?」
薄暗くてよくわからないけど、どこかまた別の駐車場らしい。
アキラは俺の質問に答えなかった。降りろと言われ、寝ぼけ眼を擦りながら仕方なく車を降りた。
外に出た途端、気温の差があまりにも激しくて思わず身震いをしてしまう。
ここは一体何処なんだろう? 飲食店にしてはちょっと入りづらい雰囲気がある。
「ほら行くぞ」
「ちょっ、引っ張るなよ!」
強引に腕を掴まれて、よろけながら入り口のドアをくぐった。
狭い通路の奥に空間があって、さらにその奥にエレベータらしきものが見える。
駐車場に車は沢山あったのに薄暗い店内にはお客さんどころか店員の姿も見当たらない。
ピンク色の照明がなんともいかがわしいカンジ。
小さなロビーみたいな所を抜けると、沢山の部屋の写真がついた大きなパネルが現れた。
ベッドやお風呂の写真の横にサウナ付き、だとかグッズ付きだとか書いてある。
――って、まさかっ!
「ここって、もしかして……」
「なんだ、来た事あるのか?」
「あるわけないだろっ!」
思わずツッコミを入れてしまった。だって、ココは……。
実際に来た事は無いけれど、雑誌の特集ページで似たような部屋を目にしたことがあるような気がする。
こんなところに俺を連れて来て一体何をするつもりだろう? なんだか嫌な予感。
「あ、あのさ……やっぱり俺、……っ」
「ココまで来て無理って言うんじゃないよな?」
「っ!」
今まさに、そう言おうとしてギクリとした。
「大丈夫。優しくしてやるから」
耳元で囁かれて、冷たい汗が背中に流れる。
全然大丈夫じゃないっ! これは……この状況は、まずいだろう。
困った。非常に困った。今、男だってバレてなくても、こんな密室に入ったら確実にわかってしまう。
「どうした?」
「……っ」
握られている腕に力が込められる。有無を言わせない雰囲気というかオーラみたいなものを感じて、全身が強張った。
もしかして、俺が男だって気がついた!? まさか、な。
上目遣いで見上げると、切れ長の瞳に微笑まれてしまった。でも、顔は穏やかなのに、目が全然笑ってない。
正直言って、凄く怖い。得体の知れない恐怖心に身体がすくむ。
戸惑う俺の腕を引いたまま、アキラは薄暗い廊下をズンズン進んで、やがて緑色の鉄製のドアの前で立ち止まった。
この中に入れば逃げ場は無くなる。わかっているのに、身体がいう事を聞いてくれない。
ゆっくりと開いたドアの前で立ち尽くしていると、強く腕を引かれた。
よろけた俺を待っていたのは、重苦しい空気とドアが閉まる鈍い音。
「――さて、ここが何するところか、わかってるよな?」
着ていたジャケットを脱ぎながら尋ねられ、俺は小さく頷いた。
部屋の真ん中に大きなベッド。テレビやソファ、小さな冷蔵庫まで揃っている。内装は至って普通のワンルームだけど、テーブルの上に置かれたカタログっぽいものにはいかがわしい恰好をしたお姉さんが載っているし、ベッドの棚の上には、なにやら怪しげな物がディスプレイされた箱が置いてある。
さらに言うと、お風呂の壁が透けてるから中が丸見え。
いくら未知の場所でも、ここが何をする場所かくらい俺にだってわかる。
じゃぁ話は早いとばかりに、アキラは俺の腕を引いてベッドの側まで連れて行くと、ストンと腰を降ろした。
微妙な空気は心臓に悪い。
ジッと見つめられるといたたまれない気持ちになる。
「……ハルさん」
「な、なに?」
何を言われるんだろうと、緊張が走る。アキラは口元に笑みをたたえたままポツリと呟いた。
「ウィッグ、ずれてる」
「えっ?」
ちょい、と長い指先が髪に触れる。
えええっ!?
うそっ、どこっ?
慌てて近くに置いてあった鏡で確認したけど、鷲野の家を出た時と同じ。
「どこもずれてないじゃないか」
「やっぱり、ニセモノだったのか」
「!?」
一瞬、アキラの目が鋭く光ったような気がする。
もしかしてカマかけられたっ!?
「えーーっと……」
間抜けな沈黙に、全身から冷たい汗がドッとふき出した。
女の子だと思ったら女装した男でした。って、怒らないほうがどうかしてる。
なんとなく怒ってるっぽい雰囲気に胃が締め付けられる。
俺、これからどうなっちゃうんだろう? 本当に刺されたりして。
ゾッとするような光景が浮かんで鳥肌が立った。怖くてアキラの顔が見れない。
「どういうことか説明してもらおうか? ハルさん。いや、ハル君……俺を騙してどうするつもりだったんだ?」
「あのっ、ごめんなさいっ!」
鋭い声が響き、強制的に顔をアキラの方に向けさせられる。
怖かった。低く響く声も、その整った顔も。
オーラと言うか雰囲気まで恐ろしく思えて泣きそうになる。
何とかして逃げなくちゃいけないのに、まるで金縛りにでもあってしまったかのように身体が硬直する。
「ごめんなさい、か……一応悪い事をした自覚はあるわけだ」
ニヤリ。と僅かにアキラの口角が上がった。
「じゃぁ、悪い子にはお仕置きが必要だな」
「え?」
お仕置き。
嫌な単語に耳を疑いたくなる。お仕置きなんて小さな子供じゃあるまいし。
なんて思っていると、いきなり強く腕を引かれ視界が暗転した。そしてそのままベッドに押し付けられて上に覆いかぶさってくる。
まさかとは思うけど、こいつの言ってるお仕置きって……。
とてつもなく嫌な予感がしてアキラの下からなんとか逃げ出そうともがいてみる。
だけど俺より一回りくらい大きな身体は重くのしかかったままびくともしない。
「離せっ! 離せよ!」
「高校生のくせに火遊びしたらどうなるか、教えてやるよ」
「――っ」
言うが早いか、スカートの中に手が伸びてきた。
止めようとしたけど、下着の中に侵入してきた手が太腿を撫でて、いやらしく這い回る。
「あっ、ちょっ……何するんだよっ」
男に触られるなんて気持ち悪くて仕方がないのに、身体が勝手に反応を始める。もがけばもがくほど絡み付いてくる指の動きに翻弄されて腰が揺れた。
「興奮しているな」
「ち、ちがっ……ぁっ」
慌てて否定しようとしたけど、間髪いれずに根元をギュッと握り締められ息が詰まった。
こんな特異な状況に興奮したなんて、出来れば信じたくない。
信じたくないけど……。
強弱をつけながら緩々と扱かれ、堪えようのない甘い疼きが下半身に広がってゆく。