HNで呼ばないで2
(人がいっぱいいる……)
待ち合わせは、駅前の時計台の下。
地元の人間がよく使う集合場所だ。
今は冬休み中って事もあって、時計台周辺は大勢の若者達で賑わっていた。
行き交う人の話し声が全部俺の事を噂してるように感じて、胃がキリキリと痛み出す。
ただでさえ屈辱的な恰好させられてるのに、周りに男だとわかってしまったんじゃないかと不安ばかりが募って手に変な汗をかく。
うう、帰りたい。待ち合わせは午後三時。もうそろそろ相手が来るはずだ。
でも、よく考えたら俺、相手の情報を何も知らない。ただ、女装することになって、待ち合わせの時間と場所を教えられただけで、肝心な事聞き忘れてた。
こんなに人が居る中で、会った事も無い人を見つけるなんてそんなの無理だ。
もしかして、これはチャンス? 待ち合わせに男が来なかったって事にすればいいじゃないか。
目の前がぱぁっと明るくなったような気がした。
そうだよ、会えなかったって言えば鷲野も諦めるだろ。
そう思って帰ろうとした矢先――。
「なぁ、ちょっと」
「!」
いきなり後ろから聞き慣れない声に呼び止められて、恐る恐る視線だけを向けると俺より頭一個分くらい大きな男がジッとこちらを見下ろしていた。
顎のしっかりした男らしい顔立ちに切れ長で涼やかな目が印象的だ。
さっきまで騒然としていた周囲が水を打ったように静まり返り、時折こちらを見ながら「あの人カッコイイよね」なんて囁き声が聞こえてくる。
すらりと伸びた長い足や、凛々しい立ち姿はまるでモデルか芸能人を見てるみたいだ。
黒のダウンジャケットにジーンズと言うカジュアルないでたちで現れた男は、俺が想像していた男性像とあまりにもかけ離れすぎていて、見惚れてしまう。
「あんたがハルさん?」
「は、はいっ!」
名前を呼ばれ緊張が走る。こうなったらさっさと目的を果たすしかない。
因みに「ハル」は鷲野が勝手に決めたハンドルネーム。中学の卒業アルバムの一番初めに載ってた子が「小春」だったから、そこから一字貰ったとか言ってたような気がする。
長身の男はまるで品定めでもするように上から下まで俺を観察している。
なんだろこの人。初対面なのにジロジロと。
普段の恰好でもこれだけ見られたら誰だって不快に思うだろう。
もしかしたら、もう男だってばれてるのかも。なんとなく嫌な予感。
「あ、あのっ」
「まぁいい、行くぞ」
俺が言葉を発する前に男は踵を返しスタスタと歩き出した。
行くって何処に?
これってやっぱり着いていくべき、だよな。
男はどんどん駅構内から離れて行ってしまう。
駅の中で適当に話でもして時間を潰せばいいや。くらいの気持ちでいた俺は正直焦った。
駅の構内やその周囲にも喫茶店は沢山ある。喫茶店なら、適当に写メだけ撮ってからトイレに行くフリして逃げれると思ってたのに。
男は時々俺がついてきている事を確認しながら、一定の距離を保ちつつ駅近くのパーキングエリアへと進んでいく。
これだけカッコイイ人が乗る車って、どんな車なんだろう。やっぱりスポーツカーとか、凄く高そうな高級車とか?
「着いたぞ。乗れよ」
「へ。乗れ……って」
目の前に現れたのは何の変哲もない白い車。特別派手な装飾が施してあるわけでも、改造してるわけでもない、本当にフツーのワゴン車だった。
「どうした?」
「なんでもない、です」
なんか凄くかっこつけてるイメージだったから、もっとチャラチャラしてるのかと思ったけど、案外普通の人なのかも。
出会い系サイトに登録するヤツなんて、モテない欲求不満の中年オヤジだけかと思ってたから凄く意外だ。
俺、めちゃめちゃ偏見持ってた。ちょっとだけ罪悪感。
早く乗れと急かされて、俺は慌てて車に乗り込んだ。
まさかこの後、とんでもない経験をしてしまうなんてこの時の俺は知る由もなかった。