HNで呼ばないで1
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「マジでこの恰好で行かなきゃ駄目なのかよ」
肩まであるこげ茶色の髪、一生縁が無いと思っていた女子の制服。
鏡に映った自分の姿を見て、俺は思わず眉を顰めた。
「大丈夫だって拓海。すっげー似合ってる」
嬉しくも無いお世辞を言って冷やかしているのは、俺が女装しなきゃいけない原因を作った男――鷲野和樹。
「似合ってるなんて言われても、全然嬉しくない!」
足は妙にスースーするし、顔中ファンデーションを塗りたくられて気持ち悪いし、気分は最低最悪だ。
紺色のブレザーに赤いネクタイ。藍色がかったタータンチェックのミニスカートの制服は確かに可愛いと思う。だけど、俺に好んで着るような趣味は無い。
「まぁそう言うなって。拓海がジェンガに負けたんだから仕方ないだろ」
「これが罰だって知ってたら、絶対参加しなかったよ」
教室の隅でたまたまやってたから参加したのに、まさかこんな罰が待っていたなんて。
それもただ女装するだけじゃない。鷲野がふざけて[女]として登録した、出会い系サイトで知り合った男と、実際に会って写メを撮って来るって言う最悪なオマケ付き。
何が悲しくて女装した上に、見ず知らずの男と会わなくちゃいけないんだ。
くだらないゲームだって言って、先に帰った幼馴染の雪哉が少し羨ましい。俺も雪哉と一緒に帰ればよかったな。
後悔しても後の祭り。年が明けてから呼び出された俺は、鷲野のお姉さんの手によって、見事な変身を遂げたってワケ。
「拓海君、凄く可愛い! よく似合ってるよ」
なんて言いながら、薄いピンクのグロスを塗り終えて、満足そうにお姉さんは自分の部屋に戻って行った。
人間って化粧一つでこんなに変われるんだと、もう一度鏡を覗いて感心してしまう。なんていうか……鏡に映る俺は、全く別の人間みたいだ。
「俺、嫌だよ。こんな恰好するだけでも恥ずかしいのに。大体さぁ、こんなのすぐバレちゃうって」
「ヘーキヘーキ、言葉遣いさえ気をつけてたら大丈夫だって。拓海は元がいいから、体格も背丈も全然違和感ないし」
確かに俺は高一にしては背も低いし、顔も中性的だって良く言われるけど、だからって本物の女の子に間違われるような体格はしてないはずだ。
ごく一般的な男子高校生の身体だと自分では思ってる。鷲野だって俺と大差ないくせに、何気にチビで童顔だと言われたようでムカつく。
「拓海だって、どんなヤツが登録してるのか興味あるって言ってたじゃないか」
確かに以前そんな話題になった時に見てみたいとは言ったけど、自分が実際に会うとなれば話は別だ。
いくら相手が出会いの少なくてモテなさそうなヤツでも、本物の女と女装の区別くらいつくだろ。もし男だってばれたらどうするんだ。
怒った相手にボコボコにされて、下手すれば刺されたりとかするかもしれない。
思わず最悪の事態が脳裏を過ぎり、首を振って恐ろしい想像を振り払った。
「姉貴の制服もちょうどいいみたいだし、充分可愛いよ。拓海が本物の女だったら惚れちゃうかも」
ニヒヒッといやらしい笑いを浮かべながら、女になった俺を入念にチェックする。
「それ、全然嬉しくないし。てゆーか、写メ撮ってくるだけだからな! もう、これ以上無茶振りすんなよっ!」
これ以上鷲野の部屋に居て、よからぬ思い付きに付き合わされたりしたら、たまったもんじゃない。
「無茶振りなんかしないって。あーぁ、バイト入ってなかったら後をつけて行って、俺が写メ撮ってやるのになぁ」
「鷲野、絶対趣味悪いよ……」
俺と鷲野の都合が合う日が今日しか無くて良かった。こんな恰好で男と会ってる姿を隠し撮りなんかされたりしたら、たまったもんじゃない。
「冗談だって、写メ期待してるからな」
手をヒラヒラさせて呑気に見送る鷲野に背を向け、重い足取りで待ち合わせ場所に向かった。