HNで呼ばないで22

それから数日間。俺は久しぶりに熱を出した。学校を休んだのは小学校低学年以来だ。

 まぁ、真冬の雨に打たれたんだから当然といえば当然かもしれない。

 精神的に相当参ってたってのもあると思う。

 あの日は本当に色々有り過ぎて、自分が考えているよりずっと傷ついてたみたいだ。

 熱の辛さも手伝って、最初の二日くらいは情緒不安定な状態が続いていた。

 今もあの時のことを思い出すと胸が痛む。

 三日目には熱も下がってたけど、どうしても学校に行く気にはなれない。

 学校に行くとアキラと嫌でも顔を合わせなきゃいけない。それが何より苦痛だった。

 ずっと疑問に思っていた。なんで俺だけ名前で呼んでくれないんだろうって。

 まさか、忘れられない恋人の名前が『ハル』だったなんて。

 考えないようにしててもつい考えてしまって気分が沈む。

 誰かの代わりなんて、嫌だ。

 誰かの代わり、なんて……。

 薄暗い部屋の中、膝を抱えて蹲る。

「身代わりなんて……そんなの嫌だ」

 俺は俺だ。他の誰でもない。

 誰かの代わりじゃなくて、ちゃんと俺だけを見て欲しいのに。

 ポロッと出て来た本音にハッとする。

 俺、やっぱりアキラの事が――。

 好き、なのか?

 ドクンと心臓が大きく脈打った後、心臓が一瞬止まった気がした。

 好きだから俺はこんなに傷ついて……。 

「ハハッ、なんだ……そうだったんだ」

 薄々わかってたけど、認めたくなかった。

 自分の気持ちに気付くのが怖くて気付かないフリをしてた。

 馬鹿だな、俺。今頃気付くなんて。

 俺は所詮、彼女の身代わりだったんだから。

「……っ」

 乾いた自嘲気味な笑いは余計に心を締め付ける。

 もう少し早く自分の気持ちに気付いていれば事態は何か変わってたかな。

 何も、変わらないか。アキラが好きなのは俺じゃないんだから。 

 膝を抱えて俯いていると、不意に玄関のチャイムが鳴った。

 玄関で母さんが対応している声が聞こえ、それに続いて階段を上がる足音。

 ゆっくりと近づいてくる足音は俺の部屋の前で立ち止まる。

「拓海、先生がいらっしゃったわよ」

 先生? 先生ってアキラの事!?

「俺、熱で寝込んでるって言って!」

「何馬鹿な事言ってるの。熱はもう下がってるでしょ」

 慌てて布団に潜ったのと同時にドアが開く音がして、呆れたような声が飛んできた。

 ううっ、母さん。せめてノックぐらいしろよ。

「少し拓海君と話がしたいので席を外してもらえますか?」

 三日ぶりに聞くアキラの声に胸が高鳴る。俺と話ってなんだろう? 

 気になるけど今は顔が合わせ辛い。

 ドアが閉められて母さんの足音が遠ざかると同時に、アキラが近づいてくる気配がして緊張が走る。

 布団越しにでも感じるアキラの視線が痛い。

「……カバン、届けに来たんだ」

 短い息を吐いた後、ポツリと呟く。 

「机の上に置いておくから」

 ゴトリと鈍い音がしたと思ったら、「明日は学校に来いよ」って布団越しに頭を撫でられた。

 そっと顔を出すと、アキラが部屋を出て行こうとしているのが見えた。

 ……もしかして、学校に忘れたままになっていたカバンを持って来ただけ?

「この間の事で来たんじゃないのか?」

「そのつもりだったけど、渡瀬は俺と話したくないみたいだから」

「……っ」

 咄嗟に声が出なかった。苗字で呼ばれた事に、妙なよそよそしさを感じて違和感を覚える。

「嫌われて当然の事したからな。沢山傷つけたし」


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