HNで呼ばないで21

「その人はあんたの彼女?」

 思い切って訊ねると長い沈黙の後、ゆっくりと首を縦に振る。

 そっか、彼女居たんだ。

「彼女って言っても、もう五年も前の話だけどな」 

「五年前?」

「あぁ。……彼女の名前は市村春香。婚約者だった人だ」 

 だった? っていう事は、結局フラれちゃったって事かな。

 なんで五年も大事に取ってるんだろう。もしかして、まだ未練があるとか。

 隣に腰を降ろしたアキラを盗み見るとアキラは切なそうな顔で写真を見つめていた。

「復縁しないのか?」

「出来るわけないだろ。彼女はもうこの世にはいないんだから」

「!」

 俺はもしかして、聞いてはいけないことを聞いちゃったのかもしれない。

 気まずい沈黙が落ちる。

「ごめん。無神経な事言っちゃって」

「別にいい。昔の話だし、本当はいい加減彼女の事は忘れないといけない時期に来てるんだ」

 わかってはいるんだけどな。と、寂しげに苦笑してアキラは買ってきた袋からジュースの缶を取り出した。

 いつもニコニコ笑ってたから、そんな辛い過去を持っていたなんて知らなかった。

 五年経った今でも彼女の事を思ってるって事は案外一途なヤツなのかもしれない。

 いや、待てよ。一途なヤツが出会い系サイトなんか利用するんだろうか?

 辛い過去を忘れたくて、寂しさを紛らわす為? もしかして今もあのサイト使って女の子漁ってる、とか。

学校でも女の子に囲まれて嬉しそうにしてるし、車に乗せちゃうくらい親しい娘も居るみたいだし。

 考えれば考えるほどワケがわからなくなってくる。

「なぁ、アキラが出会い系サイトに登録してた理由って何?」 

 思い切って訊ねてみると、アキラの肩がビクリと大きく跳ねた。

「忘れられない彼女が居るのに、あんなサイトに登録する理由がわからないよ」

「い、いや……それは、だな」

 いつも堂々としているアキラにしては珍しく、言いよどむ。視線を泳がせて困ってる姿を見るのは初めてかもしれない。

 しばらくモゴモゴと口ごもっていたけど、ようやく諦めたのか「信じてもらえないかもしれないけど」と、念を押した上で話しだした。

「実はあれ、俺が登録したんじゃないんだ」

「は?」

「ダチが、『お前もそろそろ彼女作らなきゃヤバいだろ』とか言って、勝手に俺の名前で登録してたんだよ。気がついたらハルと約束を取り付けた後で……」

 にわかに信じがたい話ではあったけど、俺も似たような感じだったからなんとなく状況はわかる気がする。 でも、だったらなんで俺にあんな事したんだ? 

 友達が勝手に登録しただけなら、あんな事する必要なんてなかった筈だ。

「ハルは、高校生のくせに性別詐称までして登録してたな。最初、そう言う趣味があるのかと思った」

「ちっ、違っ〜〜〜う!! 俺にそんな趣味は無いって言っただろっ! あれは鷲野が面白半分に登録して、バツゲームで仕方なくだっ」

 うっかり鷲野が犯人だってばらしちゃったけど、この際そんな事はどうでもいい。俺が女装好きな変態だと思われるのは耐えられない。

「それより、アキラの話が本当だったとして、なんで俺にあんな事したんだよ……。乗り気じゃなかったんなら尚更おかしいだろ」

 俺の質問にアキラはグッと口を噤んだ。しばらく躊躇った後、言いにくそうにゆっくりと口を開く。

「それは、すまないと思ってる……その、ハルがあまりにも彼女に似てたから、つい……」

 確かに、彼女は女装した俺にそっくりだった。それは俺も認めてやるけど、でも……。

「普通、男だってわかったら止めるだろ」

「そう、だな。最後までするつもりはなかったんだ。でも、段々アイツが居るような気になって歯止めが利かなくなってしまった」

「歯止めが利かなくなったって、それってつまり、俺は春香さんの身代わりだったって事?」

「……っ」

 アキラがハッと息を呑んだ。多分それが答えなんだろう。

 一瞬目の前が暗くなった気がした。

 アキラが『ハル』名前にこだわる理由って彼女と同じ名前だったから、だったんだ。

 もしかして俺を通して未だに春香さんを見てるのか?

 好きだって言った言葉も、側に居たいって言ってくれたあの日も全部俺じゃなくて、彼女に向けられた言葉だとしたら……。

 胸をナイフで抉られたような衝撃だった。 息が止まり、全身が凍りついたように動かない。

「ハル……本当にすまないと思ってる。謝って済むことじゃないけど……」

「俺は、ハルじゃないっ!」

 予想以上に大きな声が出て、自分でも驚いた。

 今まで感じたことの無い嫌悪感。 ハルって呼ばれること自体が苦痛に変わる。

「悪いけど、帰る」

 これ以上ここに居たら感情のコントロールが利かなくなる。きっとわけも解らず喚いて泣いてしまう。

 アキラにこれ以上みっともない姿を晒したくなかった。

 ドアを開けると相変わらずの激しい雨。それに加えてさっきよりグッと気温が下がってきている。

 それでも構わず、アキラの制止を振り切って外に飛び出した。

 今は一刻も早くこの場から離れたい。ただその一心で、俺はひたすら走り続けた。



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