HNで呼ばないで20
「少しは落ち着いたか?」
温かいココアを差し出され、俺は小さく頷く。
あれから、何故だかわからないうちにアキラの家に連れてこられた。
冷え切った身体を暖めるようにとシャワーを勧められ、その上ブカブカのシャツまで借りちゃって、今は乾燥機に入れた制服が乾くのを待っているところだ。
この間のスノボ以来初めて二人っきりになったからって言うのもあるけど、さっき思いっきりみっともない姿を晒した後だから、どんな顔をしていいのかわからなくて、なんとなく気まずい。
「何があったのか、聞かないんだ」
「聞いて欲しいのか?」
顔を覗き込まれ、俺は慌てて首を横に振った。
聞いて欲しいわけないじゃないか。
「言いたくないなら、話さなくていい」
そう言ってポケットから取り出した煙草に火をつける。
アキラって、そんなにヘビースモーカーだったっけ?
まだ知り合って一ヶ月ほどだけど、俺の記憶に間違いがなければ一日に数本しか吸ってなかったような気がする。
スノボに行った時だって、一日一緒に居たけど殆ど吸っているところを見なかった。
それなのに今日はこの部屋に来てからずっと吸い続けている。
来た時は空っぽだった灰皿はもう既にいっぱいだ。
「もしかして、俺邪魔?」
「は? どうしたんだいきなり」
「いや、だってなんだかイライラしてるみたいだから」
何気なく言った一言に、アキラはハッとしたように目を見開いた。
「そんなに煙草吸ってるのって見た事無かったから、そうなのかなって。学校だって本当は早く戻らなきゃいけないんだろ? 俺、すげぇ迷惑掛けてるよな」
俺が学校を飛び出したりしなかったら、アキラだって探しに出て来なくても良かったわけだし、全身びしょ濡れじゃなかったら、わざわざ自分の家に連れてくる必要も無かったわけで……。
アキラの優しさについ甘えていたけど、本当は凄くうっとうしく思ってたんじゃないんだろうか。
そう考えると、段々申し訳ない気になってくる。
アキラは銜えかけた煙草に一度視線を落とした後、柔らかく苦笑した。
「悪い。迷惑とかじゃないんだ……こんな事で落ち着かなくなるなんて、俺もまだまだガキだな」
「え? ガキって?」
それってどういう意味?
「ハルのことで頭がいっぱいで、どうしようもないんだ」
はぁっと盛大な溜息を吐いて、吸いかけの煙草をグリグリと吸殻の山に押し付ける。
「言いたくないなら話さなくていい、なんてかっこつけたけど、本当は全部聞き出してハルをこんな目に遭わせた奴をボコボコにしてやりたいくらいムカついてる」
拳をギュッと握り締めるアキラからは怒りのオーラみたいなものが感じられる。
俺のことなのに、本気で怒ってるみたいだ。……ちょっと嬉しい、かも。
じゃ、なくてっ!
「でも、本当にたいした事ないから。もう大丈夫だよ」
「そっか……」
切ない笑顔でうなずくとアキラはおもむろに立ち上がり、ハンガーに掛けられていたブルゾンを羽織り始める。
「何処行くんだよ」
「頭を冷やしてくるだけだから、心配するな」
別に心配なんかしてないって言おうとして、無意識のうちにアキラの服を掴んでいたのに気付き、慌ててその手を離した。
これじゃぁまるで、いかないでって言ってるようなものだ。
「すぐに戻るから」それだけ言い残して閉められたドアを確認し、俺は背後に置いてあるベッドを背もたれ代わりにしてぐったりと脱力した。
「嬉しい……か」
初対面の時は印象最悪だったのに、いつの間に俺こんな風に考えるようになっちゃったんだよ。
雪哉よりもっと酷いことした相手なのに、側に居たいって思ってる。
やっぱり俺、変だ。
ぐるりと部屋を見渡した。主の居なくなった部屋は妙に静かでどこか寂しい感じがする。
それにしても、汚い部屋。
本人は身奇麗にしてたから、部屋もそうなのかなぁって思ってたけど予想を見事に裏切る汚さ。
ビールやラーメンの空はそこら中に散らばっているし、ベッドの横には教科書や雑誌が一緒になって積み上げられてて今にも崩れそう。
俺もかなりの面倒くさがりで部屋の片付けは苦手だけど、ここまでは無い。
片付けてくれる彼女とか、いないのかな?
あれだけカッコいいからちょっとその気になればいくらでも――。
ふと、テレビの横に飾ってある写真立てが目に付いた。
富士山をバックに写っているのはアキラと女装した……俺?
いや、違う。俺によく似た女の子だ。
だって俺は鷲野に無理やり着せられたあの日以来、女装なんか一度もしてない。
この写真は一体……。
「その写真に触るなっ!」
「わっ!?」
いきなり背後から手が伸びて、写真立てが視界から消える。
振り返ると、コンビニ袋を手にぶら下げたアキラが大事そうに写真立てを握り締めて立っていた。