HNで呼ばないで14
ちょっと温めのお湯は心地よくてつい長湯をしてしまいそうだ。
岩のお風呂に身体を預け、外を眺めているとアキラが隣にやってきた。
「ハルは、ブルームーンって知ってるか?」
「ぶるーむーん? 何それ」
ムーンって言うくらいだから月の仲間なんだと思うけれど、そんなの聞いた事ない。
「一ヶ月に二回満月になる月の事だ。五年に一回しか見られない珍しい月で願い事が叶うらしい」
「へぇー」
実は今日がそのブルームーンの日だと、夜空を眺めながら教えてくれる。
「アキラって、物知りなんだな」
と、言うより案外ロマンチスト?
風水とか願い事の叶う月とか、俺にはあまり馴染みのない言葉ばかりだ。
「ずっと前に、ある人が教えてくれたんだ」
そう言って、夜空を見上げるアキラの横顔はなんだか少し寂しそう。
なんでそんな顔をするのか聞いてみようかと思った。けど、踏み込んで聞いちゃいけない話題のような気がして喉元まで出掛かっていた言葉を呑み込んだ。
何気なく空を見上げてみる。青白くて淡い光を放ちながら煌々と辺りを照らす満月は見ているだけで引き込まれそうな感じがする。
「何か願い事しないのか?」
「俺? そうだなぁ……」
俺の願いってなんだろう?
最新のゲーム機が欲しいとかそんなのは、ちょっと願い事の規模としては小さい気がするし。
金持ちになりたい! って言うのもなんだか違う。
滅多に見られない月なんだから、どうせならもっと凄い願いを考えないと。
――このまま、アキラの側に居られますように――。
ふと思いついたフレーズに、俺は慌てて首を振った。
なんだよ、その乙女チックな願いはっ!
自分自身の気持ち悪さにゴチッと岩に額を擦りつけた。
「何やってるんだ?」
「うぅっ、気持ち悪い願い事を思いついて……」
「気持ち悪い? なんだそれ」
ハハッとアキラが不思議そうに笑う。
頼むからこの件に関して深く追求しないでくれ。
「アキラは、何を願ったんだよ」
なんとか話題を変えようと尋ねてみると、アキラの顔から笑顔が消えた。
さっきと同じ、切ないような寂しいような顔。
「俺は、ずっとこのままハルと一緒に過ごせるようにって願った」
一瞬、息が止まるかと思った。
だって、その願いは俺と同じ――?
なんかの間違い、だよな?
「そこはさ、俺じゃなくて女の子の間違いだろ?」
「いや、間違いじゃない。俺はずっとお前の側に居たい」
「――っ」
いつになく真剣な表情。俺を動揺させてからかってるのか?
どうしよう、なんだか凄くドキドキしてきた。
男に側に居たいなんて言われたら普通、引きそうなものなのに俺、変だ。
「嫌なのか?」
「いやって……ええっと」
こう言うとき、なんと答えていいのかわからない。
「俺は、多分ハルの事が好きなんだと思う」
露天風呂の壁に身体を預け、青白い光を放つ満月を見上げながらポツリと呟く。
好き? アキラが俺を?
まさか、そんなっ。
「ま、また俺をからかうつもりだろ」
「……さぁ、どうだろうな」
クスッと甘い微笑で笑われ、ますます鼓動が速くなる。
どうだろうな……って。
否定も肯定もしない曖昧な言葉。 そんな言葉で逃げるなんてズルイ。
まぁ、本気だといわれても困るんだけど。
「とりあえず、細かい事は置いといて、せっかく来たんだし今はこの景色を楽しもうぜ」
お湯の中で手が触れる。
一瞬身構えてしまった俺だけど、手をギュッと握られただけでそれ以上何かをしてくる気配はなく、ソロリと息を吐いた。
駄目だ、アキラが変な事言うから意識しちゃって、とても景色を楽しむ余裕なんてない。
「側に居たい」「好きだ」と言う言葉が、いつまでも俺の頭の中でグルグルと回っていた。