HNで呼ばないで 13

「ちょっと寄っていかないか?」
 レンタルしたものを全て返却して、車に乗るとアキラが思い出したように尋ねてきた。
 視線の先には大きな温泉マークの看板。ちょうど全身ベタベタで気持ち悪かったからその提案は嬉しい。
 でも、男同士だから何も問題は無いんだけど、アキラと一緒に入るって思うと少し気がひける。
「富士山が見えるいいところがあるんだ」
「富士山?」
「せっかく山梨まで来たんだから日本一の山の恩恵を受けたって罰は当たらないだろう?」
 確かに、遠出したのに思い出がスノボだけだって言うのも少し寂しい気もする。
「霊峰富士のパワーを取り入れた風水を施してる場所だからな、いけばいいことがあるかもしれない」
「風水? なにそれ。聞いた事あるけど……」
「風水は二〇〇〇年以上前から、中国の方で発達してきた易の一種で、主に家を建てる時やお墓を作る時に用いられたものだ。日本で有名になったのは、平安京の都や京都がこの風水の見立てで作られたという事がわかったときからだと言われているな。もちろん、有名な高松塚古墳等の壁画にもこの風水思想が現れていて、自然との融合をすることにより、よりよい、気、運を得ようと……」
「ちょっ、ちょっと待った!」
 突然つらつらと説明を始めたアキラの口を慌てて止めた。
 説明の途中で止められたのが気に入らなかったのか少しムッとした顔で俺を見る。
「いきなり易だとか、平安京だとか高松塚古墳だとか言われても全然わかんないよ」
 気が〜とか、言われても現実離れしすぎてていまいちピンとこない。
「もっとわかりやすく説明してくれない?」
 そう言うと、アキラは仕方がないなと呟いて短く息を吐いた。
「じゃぁ、西に黄色い物を置くと金運が上がるって言うのは知っているか?」
「あ、それならなんか聞いた事がある」
 確か母さんが昔そんな事を言ってたような気がする。
「それが、風水ってやつだ。他にも自然から与えられる力とか色々な要素が組み合わさって成り立ってる」
「ふぅん……つまり、そこの温泉に入ると富士山の力が貰えるってこと?」
 いまいちよくわからなかったけど、つまりはそう言うことらしい。
 風水とかあんま興味ないけどせっかく連れてってくれるって言うんだし、行ってやってもいいかな。
 別に二人っきりで入るわけじゃないんだし。そう思って、OKした。
 だけど――。
「――これはどういう事?」
 アキラお勧めの富士眺望の湯。
 一体どんな凄い風呂かと期待していた俺は、入り口で呆然と立ち尽くしていた。
「どうって、風呂に決まってるだろう」
「そーだけど! 貸切ってなんだよ貸切って!」
 目の前にある看板にはハッキリと「貸切」の文字。
 パンフには十六種類のお風呂があるって書いてあるのになんでよりにもよって……。
「混雑するのは苦手なんだ。どうせ入るならのんびりしたいからな」
 言いたい事はわかる。
 確かにロビーには人が沢山いて、中は芋の子を洗うような状態じゃないかって俺も少しだけ想像してたから。
 でもだからって風呂を貸しきっちゃうなんて!
 ちょっと贅沢しすぎじゃないか?
 周りに人がいるならいいかと思ってたのに、二人きりで風呂に入るなんて、なんだか酷く緊張してしまう。
 今更、やっぱ帰る! なんて駄々っ子のような事を言うわけにもいかないし。
「何やってんだ? 早く来いよ」  
 アキラの方は全然気にしてないみたいでさっさと脱衣所に入っていってしまった。
 どうしよう。せっかく連れてきてくれたのに、俺一人入らないなんてアキラに失礼な気もするし。
 こうなったら行くしかないっ! 意を決して服を脱ぐと、先に入ってしまったアキラを追って浴室のドアを開けた。
「――うわぁ、すっげ……」
 中に入ってまず目に付いたのが大きな岩のお風呂。
 さすが富士眺望の湯と銘打ってあるだけの事はあってライトアップされた木々の隙間から、雄大な富士の山が存在感たっぷりに顔を覗かせている。
「本当は夕日が沈む瞬間が一番綺麗なんだが、夜の景色も中々のものだろう?」 
 思わずぽかんと口を開けたままその景色に魅入ってしまっていた俺は、アキラの問いにコクコクと首を縦に振った。淡い月明かりに照らされた富士山は青白く輝いて幻想的な雰囲気を醸し出している。
「アキラがオススメって言ったわけがわかった気がする」
「ん?」
「だって、周りに人が沢山居たらやっぱり色々気を使うだろうし、こんな景色が独り占め出来るなんて最高だよ」



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