HNで呼ばないで9


「なんで雪哉の申し出を断っちゃったんだよ。せっかく手伝ってくれるって言ってくれたのに」

 人数は多い方が絶対はかどるのに、なんで断ったのかどうしても納得いかなくて、ずんずん進んで行く後姿を追いながら不満を口にする。

 そもそも手伝いならいつも周りにいる女の子たちを使えばいいじゃないか。

 なんで俺なんだ。 

 何にも答えないアキラの態度に俺の不満は募るばかりだ。

「俺は雑用係なんかじゃないぞ!」

 そう言った途端、アキラの足がピタリと止まった。

 いきなり立ち止まるものだから、俺より一回りほど広い背中に思いっきり頭をぶつけてしまう。

「わっ、なんだよ、急に止まるなって」

「ハルの事をそんな風に思ったことはない」

「え?」

 今まで見たこともないような真面目な顔で一言そう言うとまたスタスタと歩きだした。
 もしかして怒った、のか?

 雑用係じゃなきゃ一体なんなんだよ。

 全然アキラの考えてる事がわからない。

 そもそもわかったところで俺が得する事なんてきっと一つもないだろうけど。

 資料室の扉を開くと、そこには半分以上埃にまみれた資料なんだか、ガラクタなのかわからないものが、あちらこちらに山積していた。 等間隔に並べられた本棚には色んな本が積み上げられていて、入りきらなかった本がダンボールに突っ込まれたまま雑然とその辺に放置されていた。

「この中から探すのか?」

「当然だ」

「……」

 確かに資料室は狭いけどさ、この埃の山から二人で次の時間に使う資料を探すのって無理じゃないか?

 まさかこんなに散らかってるなんて思ってなかったから、安請け合いしたことをかなり後悔。

 昼休み中に目当ての資料が見つかるのかどうかも微妙なところ。

「あーぁ、こんなに散らかってるんだったら雪哉の申し出を断らなきゃよかったのに」

 ダンボールに雑然と突っ込まれた本をチェックしながら呟いた言葉に、アキラの手がピタリと止まる。

「ハルは萩原とどういう関係なんだ? 随分親しいみたいだな」

「どういうって、幼稚園からの幼馴染だけど?」

 それがどうかしたんだろうか。

 アキラは「ふぅん」と呟くと、再び手を動かし始めた。

 人に聞くだけ聞いといて「ふぅん」ってなんだよ。

 しかもまたハルって呼んだし。なんでちゃんと名前で呼んでくれないんだろう。

 うちの学校に赴任してきたその日からアキラはずっと俺の事をハルと呼び続けている。

 授業中でも、廊下ですれ違った時でも一度だってちゃんと名前で呼んでくれた試しが無い。

 何度違うと言っても、笑って誤魔化すだけで改善する気は無いみたいだ。

 なんでそこまでハルと言う名前に拘るのか。真意はわからない。

 俺、ハルって名前嫌いなんだけどな。あのときの事を嫌でも思い出すから。

 しかも元凶がここに居るせいで忘れたくても忘れられない。

 アキラに呼ばれるたびに、胸がざわついてなんだか複雑な気持ちになる。

「どうかしたのか、ハル」

「うわっ、いきなり後ろから話しかけるなよっ!」 

 耳元で話しかけられ、ビックリして目の前の棚に手を突いた。

 いきなり声を掛けられるほど心臓に悪いものは無い。

「悪い悪い。そんなに驚くとは思わなかったから」

「お前みたいな低音ボイスに耳元で話しかけられたら誰だってビックリするっつーの! ……ん? なぁ、これってもしかして……」

 丁度目の前に、分厚い資料集の塊がドーンと存在感たっぷりに鎮座していた。

 表紙に『歴史資料集 戦国時代』と書いてある。

 ついっとアキラの長い指がその中の一冊を引き抜く。

 パラパラっと捲り、中身と表紙を確認し――。

「これだよ、これ! よく見つけてくれたな」

「見つけたって言うより、偶然あっただけだけど」

「それでも充分お手柄だ」

 このゴミ部屋を見たときは昼休み全部使っちゃうんじゃないかと思ったけど、早く見つかってホッとした。

「じゃぁ俺、教室に戻るから」

「あ! ハル待て」

 呼ばれて、部屋を出て行きかけた俺は反射的に振り向いた。

「――えっ」

 目の前に、アキラのどアップ。

「……ンっ!」

 唇に、柔らかいものが当たって……っ。

「頑張ってくれたご褒美」

 茫然自失。あまりに突然の事でポカンと口を開けたまま硬直してしまった俺に、アキラはニッと悪戯っぽく笑った。

 ご、ご褒美って……。

 よりによって、俺の大事なファーストキスまで奪われるなんてっ!

「こ、こんなご褒美なんていらねぇよっ!! 馬鹿っ!!」

 ハッと気がついた時には既にアキラの姿は無く、俺の絶叫だけが虚しく響いていた。



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