HNで呼ばないで8

「相変わらず凄い人気だな」
 
昼休み、弁当を頬張りながら雪哉がそう呟いた。

 それに便乗して鷲野もウンウンと頷く。

 アイツがうちの学校に来てから二週間。

 初日のような騒ぎこそ無くなったが、アイツの周りにはいつも女の子が集まっていた。

 鷲野が羨ましがるのも無理はない。だけど……。

 みんなアイツに騙されてる! アイツはとんでもないエロ教師なんだぞ。

 喉元まで出掛かっている言葉を、ジュースと一緒にグッと飲み込んだ。

「ところでさ、拓海ってなんで加地に『ハル』って呼ばれてるんだ?」

「ブッッ! ゲホッゲホッ」

 突然思い出したように尋ねられて、口に含んでいたジュースをおもいっきり鷲野の顔にぶちまけてしまった。

 さらにそれを拭こうとして立ち上がった瞬間、今度は自分の弁当箱までひっくり返してしまう。

「大丈夫か?」

「うん、ゴメン」

 みんなの視線を一身に受けながら散らばった弁当箱を拾い上げ席に着く。

 ううっ、鷲野の一言にすっかり動揺してしまった自分が恥ずかしい。

「そういや、あそこに登録した名前も『ハル』だったよな」

「ちょっ! 鷲野っ!」

「ムグッ」

 ポツリと呟いた鷲野の口を慌てて塞いだ。だって、雪哉はあの罰ゲームのことを何も知らないのだ。追求されたら誤魔化す自信なんてない。 

「俺の人生の汚点をこれ以上広めるなよ」

 聞こえないようにヒソヒソ声で話すと、鷲野は不満そうに眉を寄せる。

「えー、別に知られたっていいじゃないか。結構可愛かったぜ」

「……一発殴っていい?」

 ギロリと睨み付けたら、鷲野は「冗談だって」とわざとらしく手をパタパタさせる。

 話についていけない雪哉はキョトンとした顔で俺たちのやり取りを見つめていた。

「なんで、拓海だけハルなんだろうなぁ? あの名前と同じなのは単なる偶然か?」

「何言ってんだよ。偶然に決まってるじゃないか! それよりさぁ……」

 まだ納得してない様子の鷲野に、内心ヒヤヒヤする。これ以上追求されては堪らないと話題を変えようとしたその時。

「ハルいるか?」

「!」

 噂をすればなんとやら、ガラッと扉が開いて渦中のアイツがひょっこりと顔を出した。
 一気に教室中の視線が俺に集まる。

「呼んでるぜ、ハルちゃん」

「ハルって言うなっ!」

 ニヤニヤと笑いながら鷲野に肘で突付かれた。

 元はといえばお前が元凶なんだ。

 言いたくても言えないもどかしさで睨みつけると、おお怖い。なんて言いながら雪哉の後ろに隠れてしまう。

 たくっ、都合が悪くなるといつもそうだ。

「相変わらずハルは威勢がいいねぇ」

 頭上で声がして、俺の肩に大きな手が乗った。

 だからハルじゃないって言ってんのに。

「何の用?」

 不機嫌オーラ全開で尋ねるとアキラは胡散臭い笑みを浮かべた。

「次の授業で使う歴史の資料を探すのを手伝って欲しいんだ」

「えぇ〜っ」

 俺の感情なんかお構いなしに、どうせ暇なんだろう? と当たり前のように付け加える。

 そりゃ確かに暇だけどさ。

 せっかくの昼休みなのに資料探しなんて面倒くさい。

 出来れば引き受けたくはないんだけど。

「――俺も手伝います」

 俺が嫌がってるのを察したのか雪哉が名乗り出てくれた。

 なのに……。

「いや、君はいい。資料室はせまいから」

 即答だった。

「ハルだけで充分だ」

「って、俺まだやるなんて一言も……」

「やってくれるよな?」

「うっ」

 ギラリとアキラの目が光る。

 もしかしなくても、脅されてる?

 背中に嫌な汗が伝う。

 もう一度、念を押され深い溜息と共に渋々と頷いた。


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