No title
「じゃぁ、俺行くわ」
「えっ? アーサーさんは、教室に戻らないんですか?」
菊が、驚いたような声を上げる。てっきり一緒に戻るものだろうと思っていたのだろう。振り向くと不安そうな瞳がジッとこちらを見ている。
「次は数学だろ? なんかヤる気失せちまったし、単位はなんとか足りてるから」
「ほっとけ、菊。アイツに関わるとろくな事が無いぞ」
二人の視線を遮るようにルードヴィッヒが立ち塞がり、アーサーはまたチッと舌打ちした。
「俺がいると、邪魔みたいだからな」
どうして素直に、菊の側に自分も居たいと言えないのだろう。本当はルードヴィッヒの位置を自分が独占したいと思っているのに、それを言葉に出す事が出来ない。
「ほら、菊。早く着替えないと授業が始まってしまう」
「でも……」
後ろ髪を引かれる思いで来た道を戻ろうとすると、菊が慌てたように服の裾を引いた。
「アーサーさんも一緒に、教室へ行きませんか?」
「な、なにっ!?」
突然の発言にその場に居た三人が驚愕の声を上げる。一体どういうつもりなんだ。
「菊〜、どうしちゃったんだよぉ!? アーサーと一緒だなんて止めといた方がいいって、ガラ悪いし、俺怖いよ〜」
悪かったな、ガラが悪くて!
「そうだぞ! コイツは頭の中喧嘩する事とエロい事しか考えてないような男なんだ! そんな奴に声を掛けてやる必要なんて無いじゃないか」
……まぁ、否定はしないが酷い言われようだ。
だが、ルード達の声は綺麗に無視して菊は真っ直ぐアーサーを見つめている。
「今日はもう二時間も出ていないんでしょう? 折角学校に居るのだから授業出ないと駄目ですよ」
真剣な表情で言われてしまっては、嫌だと言える筈もない。ほんの数秒の間があって、アーサーは緩く息を吐いた。
「……俺は別に、菊がどうしても一緒に行きたいって言うなら教室に戻ってやってもいいぜ?」
「はい。行きましょう!」
満面の笑みを浮かべ手を差し伸べてくる菊の姿に、アーサーの胸がキュンとした。
その表情を見ていると、さっきまでいらついていた気分も吹っ飛んでしまうから不思議だ。
ルードヴィッヒとフェリシアーノは信じられない! と言った表情で二人を見つめている。
「お、俺が戻りたいわけじゃねぇからな! 菊が言うから仕方なくだ」
ブツブツと自分に言いわけをしながら、菊の隣に並ぶ。
「嫌なら来なくていいんだぞ」
「うるせぇよ、ジャガイモ野郎!」
「ヴぇ〜……」
恨みがましく睨みつけてくる視線も全くもって気にならない。
菊の側に居られるのなら、今度から真面目に授業も出てやってもいいかな。
控えめに握られた制服の袖に菊の体温を感じながら、アーサーは緩く息を吐いた。
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