No title
「……すみませんアーサーさん」
「なんで謝るんだよ」
「だって、痕が……」
チラリと首筋を見つめ恥ずかしそうに俯くともう一度すみませんと呟く。
「あぁ、これか」
アーサーは先程菊に付けられたキスマークに触れニッと笑った。
「別にいいんじゃねぇか。俺が菊のモンって言う証だし」
「アーサーさんが私の……」
「なんだよ、不満なのか?」
顔だけ向けて訊ねたら、菊は大袈裟なほど首をブルブルと振って見せた。
そんな姿が可愛く思え、頬を撫でるとそっと額にキスを落とした。
「あっ、あの……アーサーさん、人が」
「誰も見てねぇよ」
ここは校舎の端にある移動教室等が立ち並ぶ階の踊り場だ。例え誰かが来たとしても、アーサーの姿を見て声をかける人間などほんの一握りしかいない。
あと一階分階段を下りれば保健室は目の前だが、もう少し二人だけの世界を堪能していたい。
「菊は俺だけ見てればいいんだ」
ちゅ、と小さく音を立ててゆっくりと唇を塞ぐ。
ついばみ、触れる唇がとても柔らかくて温かい。
「アーサーさん……」
菊の口から自分の名を呼ばれるたびに胸に甘い疼きが広がって行く。
唇を甘く食み、歯の裏を舌先で一つ一つ丁寧になぞる。まだ追う術を知らない舌を吸い絡め取り唾液を交換する。
「ん、ん……」
次第に深くなってゆく口付けに鼻から抜けるような嬌声が洩れ始め、服の裾に掴まる手に力がこもる。
「はぁ、はぁ……アーサーさん、キス上手すぎです……」
すっかり脱力し、うっとりとした息を吐きながら生理的に潤んだ瞳を向けてくる。
そんな事を言われたら、止まらなくなってしまいそうだ。
「気持ちいいだろ?」
「――」
もっとして欲しいと強請るようにほんの少し上がった顎にそっと触れ、再び顔を近付け――。
「あ! ルード居たよ!」
「!?!」
あと少しで唇が触れ合うという瞬間を間抜けな声が邪魔をする。
それと同時にバタバタと階段をかけ上げってくる足音。
チッと言う小さな舌打ちは、菊に抱きついたフェリシアーノの耳には恐らく届いていないのだろう。
「菊〜、保健室にいないから心配したよ〜」
「大丈夫か? ……アーサー、お前菊に何もしてないだろうな?」
自分より数センチでかいルードヴィッヒに睨まれて、取り敢えず肩を竦めた。
二人の間に何があったか、なんて元から馬鹿正直に話すつもりなど無い。
菊は、真っ赤になったまま恥ずかしそうに俯いてしまっている。
あぁ、苛々する。
「一体菊を何処へ連れて行くつもりだったんだ」
「別に。菊が、”教室に戻りたい”って言ってたから付き添いしてやってただけだ」
そうだよな? と、確認すると菊はコクコクと首を縦に振った。流石菊だ空気を読むのが上手い。
「そうか……じゃぁ後は俺達に任せろ」
「……」
イライラ、イライラ。
甘い雰囲気をぶち壊された事についてもそうだが、我が物顔で菊を奪って行く二人に激しい苛立ちを覚える。
さっきまであんなに楽しかったのに、二人が現れた途端胸にあるのは嫉妬の渦巻く黒い感情。
これ以上側に居たら、菊にまで嫌な事を言ってしまいそうな気がして、アーサーは短く息を吐くと三人に背を向けた。