No title
「――えっ?」
軽く唇が重なった途端、菊の肩が大きく震えるのを感じた。気にせずそのまま後頭部を掴んで、ほんの少し開いた隙間に舌を割り込ませ内部の味を堪能する。
歯列をなぞり、いきなりの事で固まってしまっている菊の舌を絡め取り吸い上げると、背筋にぞくんと妖しい震えが走った。
もう、止めなければいけない。これ以上すると抑えが利かなくなってしまう。理性ではわかっているのに、菊が抵抗して来ないのをいい事にさらにキスを深めてゆく。
服の中に手を差し込み素肌に触れた途端、ようやく正気に戻った菊に両手で押し返された。
「な、なななっ! 何するんですかっ!」
顔をこれでもかと言う程真っ赤に染めて口元を手で拭う姿に思わず失笑が洩れる。
「菊、反応遅っ!」
「だ、だって私……初めてだったんですよ? それなのにあんな……せ、接吻をするなんて……」
コンクリートの上に正座をしながら両手を膝の上に置き、あわあわと慌てている菊にすっかり毒気を抜かれてしまった。
「ハハッ、それは悪かった。でも、これでわかっただろ? 俺とお前は同じじゃないんだ。俺はずっと菊とこう言う事をしたいって思ってた。それだけじゃねぇ! その先の事だって」
このままここに二人っきりで居たら本当に暴走してしまいそうになる。
「待って下さい! 私を置いていくんですか?」
屋上を去ろうとドアノブに手を伸ばしたアーサーに菊はそう言って、ブレザーの裾を掴んだ。密かに後ろに引かれる感覚に、眉が寄る。
「仕方ねぇだろ? このままお前の側に居たら、俺マジで菊の事襲っちまいそうだし……」
「優しいんですね、アーサーさんは」
「はぁ!?」
思わず素っ頓狂な声が洩れた。人の話をちゃんと聞いていただろうか? このまま一緒に居たら無理やり犯してしまうかもしれないと言っているのに、そんな事を考えている相手に対して優しい?
「優しいですよ。私の事を気遣ってくれたんでしょう?」
あながち間違ってはいないけれど、何か違う気がする。
「別に。ただ、無理やり犯るのは気が引けるだけだ」
「……無理やりじゃ、なかったら?」
「おま、何言って……!」
するりと後ろから腕がまわり、そっと抱きついてきた。背中越しに菊の体温を感じてゴクリと喉が鳴る。
「キスされた時、その……嬉しかったです。初めてだったのでどうしたらいいのかわからなかったですが……私もアーサーさんと、ああ言う事したいってずっと思っていたので」
「なっ、なっ! ――はぁ!?」
「言ったでしょう? 私は、アーサーさんが思っている程白い人間では無いって……私だって、好きな人とはその、キスしたり……色んな事したいって思ったりするんです」
知識が乏しいので、どうすればいいのかわからないですが。と、語尾は蚊が鳴くような声で呟いた。
これは夢? もしかして、知らないうちに眠ってて都合のいい夢を見ているんじゃないだろうか? アーサーは思い切って自分の頬を抓ってみた。
チクリとした痛みは確かに現実のものだ。
「ま、マジで?」
背後でコクリと頷く気配がする。アーサーは堪らずくるりと身体を反転させ向き合うような形になり強く抱きしめた。
「夢じゃねぇよな? もし、これが夢だったら、俺……マジで今日暴れるからな!」
「えぇ、夢なんかじゃないです。現実ですよ」
クスクス笑いながら菊の腕が首にまわり、顎を上げて、少し背伸びをするような体勢でゆっくりと唇が近づいて来る。
「――菊っ」
お互いの存在を確かめるように頬を撫でる柔らかな風を感じながらそっと唇を触れ合わせた。