No title
一体どういうつもりなんだ!? と、焦ったのはアーサーの方。
「実は、私もサボりなんです」
「――は?」
少しはにかみながらの告白。アーサーはそれを瞬時に理解する事が出来なかった。
菊がサボり? 真面目で、優等生の菊が?
全く想像がつかない。
「実は、体育が凄く苦手で……特に走るの嫌いなんですよ。だから、気分が悪いフリをしてよくここに来るんです」
「そ、そう……だったのか」
全然知らなかった。そう言われてみれば何度か菊の姿がなかった時があったかもしれない。
いつも真面目に授業を受けているイメージが強いので、誰もサボりだとは思わないのだと菊は笑う。
「ずるいですよね、自分のイメージ逆手にとってこんな事して……」
体育すわりをしながら、額にかかる前髪を掻きあげ眉を寄せる。
悪いことだと認識しているから、やりたくないことから逃げている自分に対し苛立ちを覚える、だけど、それを周囲に公表する事も出来なくて真面目と言うイメージに甘んじてしまっているのが許せないらしい。
「いいんじゃねぇか、別に」
「えっ?」
「周りから真面目だと思われてるなんて最高じゃねぇか。俺なんて何もしてないのに事件があれば、まず疑われんのは俺なんだぜ?」
たまに気が向いて真面目に勉強してたら、”雨が降る”だの、”世界が破滅する〜”だの、酷い言われようだ。
他人が勝手に付けたレッテルに左右されるのは本当に疲れる。恐らく菊も同じ気分なのだろう。
「アーサーさんと私って似てますね……」
言いながら空を仰ぎ見た。麗らかな日差しに照らされた菊の陶器のような滑らかな肌や、艶のある柔らかそうな黒髪に目が釘付けになる。
――触れてみたい。
唐突にそう思った。よくよく考えてみればここは屋上で、自分達以外誰もいないのだ。
触れて、形の整った唇を奪ってやりたい。菊の全てを自分のモノにしてしまいたい。
だが、そんな事をすればもう二度とこうやって話し掛けてはくれないかもしれない。
「…………全然、似てねぇよ。俺はお前みたいに真っ白な生き物じゃねぇ」
腹の中では毎日、菊を犯す妄想を抱いているのだ。実際は友達のままで居たいと言う思いから行動には移せていないのだけれど。
このドロドロとした感情を菊に知られてしまうのは怖い。
「私、アーサーさんが思っている程白くは無いと思いますよ」
「嘘だ!」
思わず大きな声を上げてしまって、そんな自分に驚いて口を噤んだ。
菊はアーサーにとっていわば聖域のようなもの。絶対に侵すことが出来ない清らかで神聖な存在なのだ。
汚れを知らない真っ白な存在だからこそ、自分の手で無茶苦茶にしてやりたいと心の底では願ってしまっている。
相反する二つの思いがアーサーを苦しめているのだ。
「悪い。大きな声出して……とにかく、俺とおまえは同じじゃない」
それだけは、はっきり言える。
「どうして? どうして、そう言いきれるんですか?」
「どうしてって……」
青い空のように澄んだ瞳にみつめられ言葉に詰まった。形のいい唇に目がいって離せなくなってしまう。
心臓の音がやけに耳につく。
キスしたい。この唇を奪って、自分の感情のままに貪って菊の味を堪能したい。
気が付いた時にはもう指が伸びていた。包み込むようにして滑らかな頬に触れゆっくりと顔を近付け、そして――。