No title
と、それと同時にガチャリと戸が開き、アーサーは驚いて顔に乗せていた本を落としてしまった。心臓がうるさいほどに打ち鳴らされているのが分かる。密かに震える手を左胸に添えた。
思わずスパイ映画か何かのように壁に背を預け、肩越しに戸の方へと視線を向けると、そこに見覚えのある黒い髪の青年が立っていた。
強い風が吹いて漆黒の髪が僅かに揺れて、白い上履きがザッと床を蹴る。真っ白い体育服に紺色のハーフパンツ。
そう言えばうちのクラスも体育だった。
なんで、菊がこんな所に?
ここでさぼっている事は誰も――悪友のフランシスでさえ知らないはずだ。
偶然なのだろうか?
気付かれないようにと息をひそめ、落ちた本を慌てて拾い上げた拍子にアーサーの上履きが地面と擦れ鈍い音を立てた。
途端に背中を冷や汗が流れ落ちる。ざあっと耳の奥で血の気が引いていく音が聞こえた。
「誰かいらっしゃるのですか?」
案の定、その音に気が付いた菊が少し緊張気味の声を出す。アーサーは逃げることもできないまま固まって、近づいて来る足音に息を呑んだ。
落ちつけ。落ちつけ……!
まさか、こんな場所で菊と二人きりで出くわすなんて!
「あっ! アーサーさん……でしたか」
給水タンクの角を曲がってアーサー見つけると、一瞬目を見開き菊は飛び上がった。アーサーは思わず顔を背け心許なく視線を彷徨わせる。まじまじと見降ろして来る菊の顔を見る事が出来ない。
「どうしてこんな所に居るのですか?」
「別に。授業がタルかったからサボっただけだ」
本当は、菊の側に居るのが辛かったから。なんて、口が裂けても言えない。
クラスメイトと楽しそうに話している姿を見るだけでも苛々して、どうしようもなく憂鬱な気分になってしまう。
だから屋上へ逃げたのに、まさか本人と出くわすなんて!
「チクりたかったら、チクってもいいぜ」
別に先生に媚を売るつもりなんて無いし、元よりいい子で居ようとも思っていない。
今は以前ほどではないにしろ、昔からヤンチャばかりしていた。だから教師もアーサーには強く言ってこないのだ。
「いえ、言いませんよ」
そう言うと、菊はゆっくりアーサーの隣に腰を下ろした。