露日8
目を開けると、そこは自分用に宛がわれた部屋の寝室だった。
目だけを動かして確認する範囲にイヴァンさんの姿は無く、窓の隙間から眩いばかりの朝日が差し込んでいる。
夕べ着用していたスーツはきちんと壁に掛けてあるし、あれは夢だったんでしょうか? とすら思えてくる。
気だるい身体をのっそりと起こし、溜息が洩れた。
あれからいつ行為が終わったのか。どうやってこの部屋に戻って来たのか。その辺りの記憶がぷっつりと途絶えていてどうしても思い出せません。
でも、体中が軋んだように痛むし、シャツ一枚羽織っただけで下半身には一切何も身につけていない。何より手首に赤い痕が残っているのを見てあの悪夢のような時間が現実のものであると確信した。
アーサーさん以外とあんな事、したくなかったのに……。
ふらつく足で浴室に向かう途中、太腿を伝う彼の名残を感じてあまりの不快感に鳥肌が立った。
一刻も早くそれを追い出したくてシャワーのコックを思いっきり捻り頭から冷たい水を被る。
「う……く……っ、は……ぁっ」
バスタブに手を突いて、後孔に指を差し込み私の中に居る彼の残像を全て掻きだす。
許せなかった。あんな浅ましい姿を晒してしまった自分自身が。不可抗力とはいえアーサーさんを裏切ってしまった事には変わりない。
「……ぁ、んっ、ぅっ……うっ」
私、もう……アーサーさんの側にいる資格なんてない。そう思うと、胸が苦しくて張り裂けてしまいそうなほど辛い。
次に彼に会った時、一体どんな顔をして会えばいいのでしょう?
こんな汚れた状態では合わせる顔がありません。
いっそ死んでしまった方が楽になるのではとも考えたけれど、イヴァンさんがあの写真を持っている以上私がいなくなって困るのはアーサーさん。
彼に迷惑をかけるわけにはいけない。
苦しくて、辛くて、もう、これからどうしていいのか……。
一刻も早く私の記憶の中から昨日の出来事を消し去りたいのに、忘れようとすればするほど昨晩の事が頭の中にこびりついて離れない。
身体や指先の神経は麻痺して感覚が殆ど無くなっているのに頭だけは妙にクリアで、嫌な記憶を何とか消してしまおうと幾度となく浴室の壁に頭をぶつけた。