正月7

アーサーside

「一生の不覚です……」

風呂でのぼせて数時間後。目を覚ました菊は、どよーんと暗雲をバックに漂わせながら激しく落ち込んでいた。

「ま、まぁ……途中でコトに及んだ俺も悪かったんだからそう落ち込むなって」

流石にちょっと調子に乗り過ぎたと、俺もかなり反省している。

て、ゆーか、へろへろになった菊の裸体を拝む事なんて滅多にないから結構俺得だったけど。

意識の無い奴を襲う趣味はないんだが、ちょっとだけムラムラしたりして。

ふと、先程の光景を思い浮かべて思わず頬の筋肉がゆるんでしまう。

「何、いやらしい顔してるんですかっ」

「えっ!? いやぁ、別に俺はこの顔が普通だぜ」

「いいえ。鼻の下が伸びきっています! 大体、誰のせいでのぼせたと思っているんですか」

珍しく怒った菊は頬を膨らませふいっとそっぽを向いてしまう。

そんな普段は見れない表情を今見れるのが嬉しくてどうしても緊張感の欠けた顔になる。

「だからそれは、俺が悪かったって言ってんだろ?」

対応に困って後ろから抱き締めると、菊の肩がピクリと震えた。

「アーサーさんは、ずるいです」

「なんでだよ。お前、さっきもずるいって言ってたよな?」

「だって……ずるいですよ。そうやって、抱き締めたら私の機嫌がなおる事知ってるんだから」

「ばーか。俺はそこまで自惚れてなんかいない。お前の事が好きすぎて、いつも暴走気味になるから本当に悪かったって反省してるんだぜ? 今まで、こんなに人を好きになる事なんて無かったから」

そんな自分に戸惑ってさえいるくらいだ。菊の一喜一憂する姿が全部愛らしくて、今まで培ってきた自制心が吹っ飛んじまいそうになる。

「……もう、いいです」

 ふっと、菊が破顔して俺の方に向き直る。

「そんなに何度も好きだと言われたら、恥ずかしいじゃないですか。私も、貴方が好きです。好きすぎて、自分でもどうしたらいいのかわからないくらい……今までは、その……身体の触れ合いは二の次だと思ってましたから、戸惑う事も多いのですが」

はにかんだ笑顔がまた格別で思わず喉が鳴った。菊のひんやりとした手が頬に伸びてゆっくりと顔が近付いて来る。

「――っ」

引きあうように視線が絡み二人の距離が縮まる。

ぐーきゅるるるる〜。

「…………ぁ」

後数ミリでキス。と、言う距離で、俺の腹の虫が盛大に間抜けな音を立て、思わず動きが止まった。

一瞬にして甘い空気が払われ、お互いに顔を見合わせて思わずプッと噴き出してしまう。

「すみません、夕食がまだでしたよね。簡単なものしかありませんが今から出しますから」

クックックと肩を震わせ、菊は素早くかっぽう着を身につけると台所の方へと行ってしまった。

「くっそー、いい所だったのに」

どうしてあと少し待てなかったのか。自分の腹なのに、ムカつく。

「すみません、気がつかなくて。今夜はそばなので、少し物足りないかもしれませんが」

そう言いながら、テーブルにはソバの他に、副菜になりそうな小鉢がいくつも出てくる。

「アーサーさんはビールでいいですよね?」

「あぁ、悪いな」

コトリとテーブルに置かれたグラスは二つ。それぞれに黄金色の液体が注がれる。

「って、ちょっと待て! もしかして、お前も飲むのか?」

「もちろんですよ。今夜は大晦日ですから、たまには……ね」

にっこりと微笑みながらもちゃっかり自分の脇に日本酒のセットが用意されている。

こ、これはもしかして、べろんべろんに酔っ払った菊を拝めるチャンスか!?

二人でささやかな乾杯をして、料理をつまみながら酒を飲む。

すきっぱらにビールが染みて美味い。いつもならジャンジャン飲む所だが、今夜はセーブしとかないとな。

「ささ、どんどんいってみようか♪」

「……なんだか、物凄く下心を感じます」

「気のせい、気のせい♪」

空になったグラスにビールを注ぎ、一気、一気と囃したてる。

そして――――。




「おーい、菊〜……」

少々、飲ませ過ぎたのかもしれない。ある一定量を超えた途端、菊はぱったりとその場に倒れ、そのまま眠ってしまった。

ぐてんぐてんになった身体は重く、何をやっても全く起きる気配がない。

「はぁ〜、俺って不幸、かも」

ガックリと肩を落とした俺を嘲笑うかのように、除夜の鐘が重苦しい重低音を響かせていた。


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