我慢比べ8
久しぶりに二人きりになれたと言うのに、部屋には微妙な空気が漂っていた。
本田が遠慮深いのはいつもの事だが、今日はいつにもまして態度が余所余所しい。
意識してくれているのなら嬉しいが、緊張しすぎるのも扱いに困ってしまう。
「なんか飲むか?」
「いえ、結構です」
「そうか。じ、じゃぁテレビでも見るか」
気まずい空気を払拭させようとリモコンを操作してみるが、こう言う時に限って面白そうな番組は一つもない。
そのうちに、チャンネルを変える事自体が面倒くさくなって、アーサーはソファに凭れるとリモコンをテーブルの上に放り投げた。
ちらりと隣に視線を移すと、本田はぴんと背筋を伸ばし、ぎこちなく浅めに腰を掛けていた。そんな体勢でいたら寛げるわけが無い。
「何をそんなに緊張してるのか知らないが、ソファに座る時くらいゆっくりしろよな」
ぐいと腕を引っ張ると、身体は簡単にバランスを崩し、「わっ」と小さな声を上げて、アーサーの胸に飛び込んでくるような体勢になる。
そのままソファに組み敷くと本田が頬を赤らめて抗議してきた。
「いきなり何をするんですか」
「何って、せっかく二人でいるのにそんな態度じゃつまらないだろ?」
「……っ」
「なぁ、なんでそんなに余所余所しくするんだ?」
「別に、いつもとかわりませんよ」
「嘘だな。笑顔の一つも無いし、俺と距離を置きたがっているように見える」
それは、ここ数日ずっと思っていた事だった。
表情にも態度にもいつもの柔らかさは無く、二人の間に見えない壁を作っているようにも感じる。
「そんなに、俺といるのが嫌なのか?」
アーサーは、先程入口の前で聞いた言葉をもう一度繰り返した。
「嫌じゃないです。嫌ならわざわざ部屋に忘れ物を渡しに来たり、中に入ったりはしません」
きっぱりとそう言うものの、本田の態度がどうしても腑に落ちない。
「じゃぁどうしてだよ。最近のお前、なんか変だ」
「それは……っ、アーサーさんが悪いんですよ」
「俺!?」
本田の口から予想だにしていなかった言葉が飛び出し、アーサーは目を丸くした。
一体、自分が何をしたのか、皆目見当もつかない。確かに媚薬入りのお茶を飲ませようと企んでいたが、結局実行に移す前に失敗している。
他に怒らせるような事はした覚えは無いのだが。
「なんで俺なんだよ」
不思議そうに尋ねると本田の頬が僅かに紅くなった。
「それは、その……ただでさえ我慢していたのに、貴方がそんな恰好で出てきたりするから」
もじもじと恥ずかしそうに視線を逸らし、だんだんと声が小さくなってゆく。
訳がわからず目を白黒させていると、本田はふぅと息を吐いてアーサーの手に自分の手を重ねた。
「その……好きな人がそんな恰好で側に居ると目のやり場に困ってしまうと言うか、変な気分になってしまうと言うか……」
「変な気分?」
言われて改めて自分の姿を見てみる。バスローブを一枚羽織っただけで後は何も身につけていない。
「それってつまり、俺とヤリたいって事だな!」
「即物的な物言いはしないでくださいっ」
ポンと手を打って思った事を口にすると、本田は顔を真っ赤にして睨みつけて来た。
だが、否定しないと言う事はおおむね合っていると言う事だろう。
性的な事に関して淡白だと思っていた彼からの思わぬ告白に、思わず顔がにやけてしまう。
「そんな可愛い顔して睨まれてもな」
苦笑しながら頬に触れ、そっと唇を重ねる。
本田もそれを受け入れるかのようにそっとアーサーの背中に腕を回した。