我慢比べ6
「ふぅん、なるほどねぇ」
今までのいきさつを全部聞き終えたフランシスは、備え付けのソファに背を凭れふぅっと大きく息を吐いた。
そして、テーブルに置かれた紅茶を口に含むとやれやれと肩を竦める。
「昼間の喫茶店で話す内容じゃ無かったな」
取り敢えず立ち話もなんだからと近くの喫茶店に入ったまでは良かったものの、午後の穏やかなティータイムに全くそぐわない内容に思わず苦笑した。
「まぁ、そりゃそうだけど……。って、てめぇが部屋で聞くの面倒だからここでいいって言ったんだろうが!」
「そりゃそうだけどさ、まさかこんな昼間っからお前がそんな事考えてたなんて思わなくて」
「うっせーな。別にいいじゃねぇか」
内容が内容なだけに部屋で話がしたいと訴えたのに、面倒だからその辺の喫茶店に入ろうと言い出したのはフランシスだ。
「しっかしまぁ、あの菊ちゃんに拒否されるってのは、勢いだけでがっついて愛想尽かされた証拠じゃね?」
「っ! お前、俺の話ちゃんと聞いてたか? がっついてねぇし愛想も尽かされてねぇ!……多分」
語尾はだんだん小さくなってしまった。はっきりと違うと否定出来ない所がもどかしい。
今日拒絶されたのは愛想を尽かされた為だと言われればそうかもしれないと妙に納得してしまう。
「まぁ、要するにお前は菊ちゃんにもうちょっと積極的になって欲しいと思ってるわけだな?」
「あぁ。行為自体を嫌がる素振りは無いし、むしろ受け入れてくれてる。でも、たまには自分の意思で求めて欲しいと言うか……」
すっかり温くなった琥珀色の飲み物を見詰め、ふぅっと深い溜息を吐く。
「……それは、無理なんじゃないか?」
「なんでだよっ!?」
「上手くは言えないけど、菊ちゃんの家には昔から恥じらいは美徳だと言う言葉があるみたいだし。万事において控えめなアイツが積極的になるとは思えないな」
「恥じらいは、美徳……」
「そうそう。だからさ、菊ちゃんから積極的に〜なんて考えるのは止めた方がいいんじゃないのか」
妙に説得力のある言葉に、アーサーは思わず黙り込んでしまった。確かに自分が高望みをしなければ二人の関係はすこぶる良好(のはず)だ。
「そもそもなんでそんなに拘るんだよ。今の関係が不満なのか?」
不思議そうに問われ、アーサーは首を横に振った。
そう言う雰囲気になった時、拒絶されたことなど一度もない。求めれば必ず答えてくれる。それに不満があるわけではないのだ。
「じゃぁ一体なんで」
「なんでって……絶対に言わねぇってわかってるからこそ、言わせてやりたいって思うんだよ」
本田の口から卑猥な言葉が発せられる所を想像すると堪らない。
「あ〜、なんかわかる気がする。綺麗な奴ほど汚したいってやつだな!?」
「ちょっと違う気もするが。まぁ、似たようなもんだ」
「いっそ中途半端に放置プレイとかどうだよ?」
「それは昨日した。アイツ、呼び止めるより一人になる事を選びやがってさ……」
「じゃぁ自白剤とか、催淫剤を混入するとか」
「それを今日試そうとしたんだが、フェリシアーノ付きじゃなきゃ行かないって」
ポケットの中に用意していた、シルバーの袋を取り出し大きな溜息を吐く。
「ハハハっ、それって、飲ませる以前の問題じゃねーか。ダセー」
「うるせぇっ!」
「いっそフェリごといっぺんに飲ませちまえばよかったのに」
「んなこと出来るかよ! そんなことしたらあのジャガイモ野郎に殺されちまう」
一瞬般若のごとく怒り狂ったルートヴィッヒを想像し、ブルっと身震いした。
フェリシアーノに薬物を混入しようものなら、彼の自称保護者であるルートヴィッヒが黙っていない事は明白である。
それに、乱れた本田の姿を自分以外の誰かに見せるなんて考えたくもない。
「そうだ! オイ、大人の玩具なんてどうだ?」
「それは却下な」
「なんで!?」
「機械に頼るなんて好みじゃねぇ」
「……」
機械は駄目なのに、薬物系はOKなのか? と、フランシスは思った。
「実はお前、使った事ないんだろ」
「あるわけ無いだろんなモン」
速攻で答えると、フランシスはやれやれと肩をすくめた。
「やっぱ遅れてるな、お前。たかが機械だと思ったら大間違いだぜ」
「そ、そんなに凄いのか?」
「いや〜、凄いのなんのって。自分の恋人が喘いでるのを客観的に見た事ないだろ? すげー興奮するぞ」
身振り手振りで(かなりオーバーなほどに)説明するフランシスの話を聞いて、アーサーの喉がゴクリとなった。
「感じまくってるところを視姦出来る最高のアイテムなのに、使わないなんて勿体ない」
本田が感じているところを視姦する。恥じらいながら悶える姿は見ものかもしれない。
「ま、でも。お前が機械は好みじゃないって言うなら無理には勧めないけどな」
「ちょっ、ちょっと待て! 気が変わった。それ、何処に売ってあるんだ?」
予想以上に食いついてきたアーサーの態度が妙に可笑しい。
「そうだなぁ、ここの代金相談料込みで払ってくれるってんなら教えてやってもいいぜ?」
「チッ、人の足元見やがって。あぁ、分かった。奢ってやるから早く教えろ」
フランシスは吹き出しそうになるのを堪えながら、アーサーに購入場所を教えた。