No title
「菊は今頃どうしているだろう」
火照った身体をベッドに横たえていると、アルフレッドがポツリと呟いた。
「テレビでも見てるんじゃねぇかな」
こっちが夜明け前だから、菊の家の辺りはまだ夜九時前後の筈だ。
「いいのかい? オレとこう言う関係してるって知ったら菊、悲しむだろうね」
「ん? 別に浮気じゃねぇしかまわねぇよ。俺、お前の事好きでもなんでもねぇし。アルだってそうだろ?」
そう訊ねたら、アルフレッドは急に表情を曇らせた。
「……なんでキミにそんな事がわかるんだい?」
「わかるもなにも他に何があるんだよ。俺が嫌いになったから、独立したクセに」
またその話か。と、呆れられるかと思ったけれど言わずにはいられない。
あの日からずっと考えていた。どうしてアルフレッドが俺から離れて行ったのか。
俺なりに結構自由にやらせていたつもりだったし、欲しがるものは大抵与えてやっていた。
だから、俺から独立したがる理由がわからなくて悩み抜いて出た結論が「俺の事が嫌いだったから」だ。
つーか、それしか考えられない。
「……違うよ。アーサー……。オレは、キミが嫌いで独立したわけじゃない」
「――え?」
俺は耳を疑ってしまった。嫌いじゃ、ない?
いつになく真剣で切ないような表情を見せるアルフレッド。スカイブルーの瞳が俺を真っ直ぐに見つめ不覚にもドキッとしてしまう。
「じゃぁ、なんだよ」
「それは――……」
「それは?」
アルフレッドは一瞬口を開きかけて、ふとサイドボードに視線を移した。そして、眼鏡をかけ直すと心を落ち着かせるかのように何度か深呼吸をしてもう一度俺に向き直った。
「……オレが独立を決めた理由なんて、どうでもいいじゃないか。過去は変えられないわけだし」
「なっ!? よくねぇ! 気になるだろうがっ」
確かに過去は変えられない。だけど、本当の理由がわからないままってのも気持ちが悪い。
「……アーサーがいつまでもオレを弟としてしか見てくれないからいけないんだぞ。今は
それだけしか言えない」
それだけ言うと、アルフレッドはベッドから抜け出し「シャワー借りるよ」と言いながら出て行ってしまった。
なんなんだよ、一体。結局、アイツが俺から離れて行った本当の理由はわからずじまいだ。
でも、嫌いになって離れて行ったんじゃないってわかってちょっと嬉しい……かな。
「あ、チクショウ。結局アイツの欲しいもん聞きそびれちまった!」
ま、いいか。今年はいつもより少しだけイイものをやろう。眼鏡ケースとか、いいかもしれないな。
アイツ、いつも直置きするから。
遠くで微かに聞こえるシャワーの音を聞きながら、俺は静かに目を閉じた。