No title
「あの、肩に手が……」
「誰も見てないからいいだろ」
「そう言う問題じゃ――……っ!」
足早に歩きながら、嫌なのか? と訊ねられ菊は小さく首を振った。
嫌では無い。
けれど、誰かにみられていたらと思うと気が気じゃないのも事実だ。
文句を言ってやろうと顔を上げたものの、グリーンの瞳に笑いかけられると、どうしても強気で出れなくなってしまう。
「じゃ、いいよな。ほら、早く行こうぜ」
早く早くと急かされ、 まぁ肩を抱かれるくらいはいいかと小さく溜息を一つ。
「バスが来たら離して下さいよ?」
「わかってるって」
半ば引き摺られるようにしながらバス停まで歩いてゆく。
「――……っ」
混雑する車内で、菊は困惑していた。いつもは人もまばらなバスなのだが今日に限って人が多い。
アーサーは約束どうり肩に乗せていた手を離してくれたものの、ぴったりと後ろに張り付くような位置に立たれて身動きが取れない。
「あ、あのっちょっと近過ぎじゃないですか?」
「そうか? 混んでるし普通だろ」
(絶対フツウじゃないですよっ!)
倒れてしまわないように手すりに掴まって睨みつけてもあまり効果は無い。それどころか、悪戯を思いついた子供のような表情を浮かべ空いている腕をするりと腰に絡めてくる始末。
「なっ! ちょっ……!」
「菊ってすげーうまそうな、うなじしてるよな」
「――っ」
肩に顎が乗り、耳元に色気を含んだ声色で囁かれギョッとした。
そのまま首筋にチュッと軽くキスされて反射的に身体が震える。
思わず小さな声が洩れそうになり慌てて唇を噛んで堪えた。