No title
「菊……」
廊下を歩いていると突然聞き覚えのある声に呼び止められた。
そしてそのままグイと腕を引かれ「あっ」と、思った時には既に死角になる壁際に押し付けられてしまう。
「アーサーさん、どうしたんですか?」
腕を引いた張本人を見つめると、アーサーは
「なぁ、キス。してもいいか?」
などと、聞いて来る。
「な……っ! いいわけないじゃないですかっ! ここ廊下っ」
「わかってる。でも……俺は今、したいんだ」
アーサーの指先が顎をくいと持ち上げ、深緑の瞳とぶつかる。吸いこまれそうなグリーンの瞳に息が詰まる。
「で、でも誰かに見られたら……」
「大丈夫。ここは陰になってるから誰も来ないって。俺とキスしするの嫌なのか?」
鼻と鼻がくっつきそうな距離で訊ねられて思わずぶるぶると首を振った。
キスが嫌なわけじゃない。寧ろ唇を触れ合わせるのは好きな方だ。けれど、いくら放課後で人気が少ないと言っても此処は学校の廊下。
誰がいつ、何処で見ているかわからない。
「アーサーさん、せめて何処か別の場所で……」
「別の場所って何処だよ?」
不機嫌そうに眉を寄せ、ツッコミを入れられて菊はうっと言葉に詰まる。
二人の逢引きの場として使用していた屋上は現在改修工事中の為使用は不可になっているし、互いの家は常に誰かの邪魔が入る。(特にアーサーの家)
ようやくアーサーと両想いになれたと言うのに、二人きりになれる場所が無いのは初々しい恋人達にとって死活問題だ。
「キスだけ、な」
耳元で甘く囁かれ、菊は緩く息を吐いた。アーサーに引くつもりはないらしい。
「本当に、キスだけですからね――」
「あぁ、約束する」
一応念を押し、肩に手を置いてゆっくりと目を閉じた。
少しずつ近付いて来る気配を感じ、胸の鼓動が次第に早くなってゆく。
そして――。