No title
アーサーさんと知り合って一年が過ぎ、季節の上では二度目の春がやってきました。
彼はとても優しい方で、外交でもプライベートでも本当に私に良くしてくださいます。
この一年、喧嘩らしい喧嘩もなくのんびりとしたお付き合いをさせていただいているのですが……私にはひとつだけ悩みがあるのです。
「すみません、荷物を持たせてしまって」
「気にすんなって! 俺はまだ若いからな、体力には自信があるんだ」
「それ、私が年寄りって言いたいんですか? まぁ、事実ですが……」
「えっ!? いやっ、そんな風に言ったつもりはねぇよ!」
慌ててフォローしようとするアーサーさんが可笑しくて、思わず吹き出してしまった。
オレンジ色に染まった夕暮れを眺めながら、二人並んで家に向かって歩く。
アーサーさんの左手にはスーパーで買った食材が入ったレジ袋。私は右手にホカホカのパンが入ったで袋を持っている。
二人とも片方の手は空いているのに、アーサーさんはちっとも私と手を繋いでくれようとしない。
並んで歩いてはいるけれど、間に人が一人割って入れそうな距離がなんだかもどかしい。
自分の気持ちに気付いたのは夏ごろだったと記憶している。一緒に花火大会に行って、沢山の人混みに酔った私をアーサーさんが連れ出してくれた。
少し離れた公園でベンチに座り、遠巻きに花火を見ていたら肩を抱かれ、そのままゆっくりと触れるだけのキスを――。
あああっ、私は何を思い出しているんでしょう!
「……何やってるんだ、菊?」
「な、なんでもないんです」
「?」
うっかり取り乱しそうになって慌てて俯いた私を、アーサーさんが不思議そうにみつめる。
変な奴だな。と、笑い掛けられてその笑顔に私の胸が甘く疼いた。
と、反対側からどこぞのカップルが腕を絡ませ寄り添いながら歩いてくるのが見え私は一瞬足を止める。
幸せそうに密着している二人がほんの少し羨ましいと思ってしまうなんて、私もどうかしている。
ほんの少し手を伸ばせばアーサーさんの腕が掴めるけれど、自分から手を絡めるなんて日本男児のすることじゃないし……。
アーサーさんの方から手を繋いでくれたら、いいのに。
手を繋いで欲しい。なんて言ったらきっと子供みたいだと笑われてしまいますね。
アーサーさんはそんな思いに気づく事なく、私のペースに合せ鼻歌を歌いながら歩いている。
私ばかり意識してるみたいで、なんだか悔しい。
「……アーサーさん」
「ん? どうした?」
「こうやって並んで歩いてると、なんだかデートしてるみたいですね」
「!! なっ、なっ、いきなり何を言い出すんだよっ……ただの買い物じゃねぇかっ」
あわあわと慌てふためき、首からじわじわとアーサーさんが赤くなっていく。
「変なこと言うんじゃねぇよ! ばかっ」
耳まで真っ赤に染めながら、ふいっとそっぽを向いてしまったのが可笑しくてつい笑ってしまった。
「笑うなっ!」
「すみません。だって、アーサーさん顔が真っ赤……」
「う、うるせーなっ! 菊がいきなりそんな事言うからだろっ」
そうやってムキになって来るところが可愛いと思ってしまう。
しかも、手と足が一緒に出てぎこちない歩き方になってるし。
もういい歳なんだから、そこまで緊張しなくてもいいのに。
こんなふうに意識してくれるのは嬉しいけれど、今でこの反応ならその先へ進むのはもっとずっと先になりそう……。
甘い恋人関係を夢見る歳でも無いけれど、それでもやっぱり好きな人ともっと色んな事をしたいと思うのは、贅沢な悩みなんでしょうか?
風に煽られ、どこからともなく飛んできた桜の花びらがハラハラと落ちてくる。
手のひらに落ちたそれにそっと指で触れ、私はひっそりと息を吐いた。