ああ、やってしまっった。
影山に自分の気持ち伝える気なんて1ミリも無かったのに。
あまつさえキスまで……。
自分のしてしまったことを改めて思い出し、言いようのない羞恥心がこみ上げてくる。
どうしよう。次、影山に会ったらなんて言おう。
してしまった事実は変えられないから考えるだけ無駄だと解っているけど、どうしても思考はそっちに行ってしまう。あぁ、なんか胃が痛くなってきたぞ。
キリキリと痛みだした腹をさすりながらまだ誰もいない体育館へと足を踏み入れる。
影山……もう少ししたら来ちゃう……よな。
さっきのキスの事聞きに来るか? それは困る!
でも、何もなかったかのようにスルーされんのもなんか気まずいし。
あーもぅ! 俺、なんであんな事しちゃったんだ。
「ん? スガじゃないか。どうした?」
「!」
悶々と悩んでいると、後ろから大地に声を掛けられた。
「あれ? 影山は?」
「影山? あー、なんか部室の隅で頭抱えてたけど……なんかあったのか?」
頭抱えてた!? あの影山が?
それって、絶対にさっきのが原因……だよな。
「スガ?」
「えっ? い、いやっなんもないよ!」
不思議そうに顔をのぞき込まれて慌てて否定する。
「もしかして、スタメンの事か? お前ら二人とも同じポジションだから……」
「違うって! そんなんじゃねーから!」
「じゃぁ一体……」
ぶんぶんと首を振る俺を大地が不思議そうに見ている。
あまり詮索して欲しくない内容だったから何か言わなければと口を開いたその時ーー。
「菅原さん!」
「!」
凛とした声が背後から俺を呼んだ。
咄嗟に身体がびくりと震える。影山の表情はいつになく真剣だ。
「ちょっと、いいですか?」
「……お、おぅ。悪いな澤村。ちょっと行ってくる」
何かがあったんじゃないかと不安そうな大地に大丈夫だからと笑いかけ、黙って前を歩く影山の後をついて行く。
騒がしくなり始めた体育館を出てどんどん人気のない方へと進んでいく影山。
互いに会話はなく、気まずい空気だけが漂っている。
もしもさっきのことを追求されたらなんて答えよう? いくら考えてみても最良の答えは見つからない。
我ながら軽率な行動したなーと思う。
第二体育館の裏手で立ち止まった影山が、何か言いたげに顔を上げ、暫く逡巡した後に口を開いた。
「あの、菅原さん……さっきの事なんですけど……」
来た! ぽつりと口を開いた影山の言葉に、緊張が走る。
どうしよう、どうしよう? なんて言えばいい?
「あ、あれはさ……その、ちょっとした冗談だったんだよ。だから、影山が気にする必要なんて全然ねぇから!」
「冗談?」
固い声に聞き返されてうっと言葉に詰まった。こくりと頷けば影山の眉間に更に深いシワが寄る。
「――さんは……」
「えっ?」
あまりに小さい声だったから、よく聞き取れなかった。なんて言ったのかと聞き返そうとしたその瞬間、影山はいきなり腕を伸ばしてきた。
肩を押され、壁に勢いよく背を押し付けられる。
「菅原さんは誰にでもああいう事、するんですか?」
「す、するわけないだろ!」
だいたい、キス自体数える程しかしたことがないのに、誰彼構わずフランクなキスが出来るほど俺は軽い人間じゃない。
「じゃぁどうして俺にキスなんかしたんですか?」
「――ッ。だからそれは……ッ」
やっぱ怒ってる。影山に凄まれると正直言って怖い。
「俺今まで、野郎にキスされるとか絶対有り得ねぇし、キモいって思ってたんですけど」
「……」
影山の言葉はストレートな分、結構グサッと来る。
キモいかぁ、普通そうだよな。わかってた事だけどはっきり言われると結構キツイ。
「さっき菅原さんにキスされた時、嫌じゃなかったんです」
「……は?」
「だから、もう一回確かめようと思って」
「確かめるって、なに?」
影山の綺麗な長い指先にくいっと顎を持ち上げられた。
「――えっ」
……影山、意外と睫毛なげーんだな。
じゃ、なくてっ!
「ン……ッ!」
俺、今キスされてる。影山の、柔らかい唇が俺の唇に確かに触れている。
嘘、だろ?
咄嗟に寄せられた体を押し返そうとしたが、意思に反して身体が上手く動いてくれない。
心臓が物凄い速さで脈打っていて、胸が苦しい。ドキドキして今にも膝が崩れてしまいそうだ。
「んっ……ん……ッ……」
ひきつるように震えた唇の間に、影山は器用に侵入してきた。
ゆっくりと歯列をなぞられ、舌を絡め取られると背中にざわりとしたものが駆けた。
「ん、ちょ……ッ」
蠢く舌から吸い取られてくみたいに、身体から力が抜けていく。膝に上手く力が入らなくて影山のシャツを掴んでいないと立っていられないような状態だ。
影山のやつ……なんてキスするんだ。こんなキスされたら俺……。
深く差し入れられた舌が口腔内を隅々まで蹂躙する。その感触の気持ちよさに頭の芯がボーッとなって無意識にその舌を追いかけてしまう。
「あ……ふ……」
唇が離れた瞬間、呼吸しをていなかった事に気付いて大きく息を吐いた。何か言ってやろうと思ったけれど思考の鈍った頭ではうまい言葉が浮かんでこない。
「ずるいぞ。こんなキス……」
「すみません。イヤだった、っすか?」
「〜〜〜ッ」
そういう事聞くか? フツウ!?
不安そうに顔を覗き込まれて、ぶわっと頬が熱くなる。
「い、嫌だったらベロチューなんてさせねぇって! つか、今のでなんかわかったのか?」
「うっす。俺、好きとか嫌いとか、まだ良くわかんないですけど。菅原さんとのキスは嫌じゃないです」
「……ッ」
「他のメンバーとはこういう事したいなんて思わないし、想像も出来ないんでつまりはそういう事だと思います」
今にもまた唇が触れ合ってしまいそうなほどに近くではっきりとそう告げられ、恥ずかしさで思わず視線を外してしまう。
「菅原さんは……? あのキスはやっぱり冗談だったんですか?」
不安げに訊ねられて、堪らず顔を上げた。
「だからっ! 俺は冗談でキスなんてできないって。……後は察しろよ馬鹿っ」
「うっス」
はにかんだような影山の表情に胸が詰まる。この男の、こんな顔今まで見たことがない。
「――」
引き合うように、二人同時に唇を寄せ合った。
そこへ、ピーッと言う甲高いホイッスルの音と、大地の号令が響き渡る。
「やっべ! 部活っ!」
後数ミリでキスと言う距離が一気に広がる。
「続きはまた今度っすね」
「つ、続きって……」
早くもいつもの表情に戻った影山がそう言って俺に手を差し出して来る。
時間がないんで早く! と急かされて慌ててその手を取った。
俺の顔、赤くなってないだろうか?
走りながら、そんな事を考え自然と頬が緩むのを止められなかった。