「お前ら、サボらずにしっかりモップ掛けしろよ!」

鵜飼さんの大きな声が体育館に響き渡り、モップを持った1,2年が一斉に掃除を始める。

「あーぁ、またやってるよ。日向達……」

倉庫の隅でボールの数や空気圧を一つ一つ確認しながら、何時ものごとく競争を始めた影山と日向の姿を目で追い、呆れたような溜息が漏れた。

もはや名物となりつつあるこの光景を見て、二人とも元気有り余ってんなぁ、なんてオジサンくさい事を思う。

うちの練習はかなりハードだ。それなのに二人とも何処にそんな体力が残っているんだろう。

「あー、ヤダヤダ。ああいう無駄に暑苦しいの見てると余計に疲れる」

なんて言いながら、自分の与えられたスペース分だけはキッチリ終わらせた月島が肩を竦めながら戻って来る。

「あはは、確かに。けど、今日は特に気合い入ってるよな影山。何時ものモップ掛けと違って、さっさと終わらせてしまいたい! って感じが滲み出てるような気がする。この後何かあるのかなぁ?」

まさかデートとか? なんて、山口が呟くからオレは思わず手に持っていたボールを落としそうになった。

「あるわけないじゃん。王様に限ってイヴにデートなんて」

「そっか、そーだよな、彼女なんているわけないか」

王様はバレーバカだから有り得ないデショ。と鼻で笑う月島。妙に納得する山口。

そっか、影山が恋愛ごとには全く興味ないバレー馬鹿、か……確かにそう見えるよな。

オレもちょっと前まで似たような事思ってたし。

でも、残念だったな二人とも。影山はこの後オレとデートなんだぞ。って、声を大にして言いたい所だけどそれはグッと堪えた。

オレと影山が付き合う事になったって言うことは誰にも秘密なんだ。

いつか大地と旭にだけは話そうかと思っているけれど、中々言い出し辛くてまだ報告していない。

実はオレ自身が未だに信じられなかったりするんだよな。

『俺、プレゼントは菅原さんがいいです。それ以外は何も要りません』

数日前、アイツの誕生日。プレゼントは何がいいか? って聞いた時の影山の答えがこれだった。

何時になく真剣な眼差しにドキドキして、胸が苦しくて……なんて答えたかなんてもう忘れてしまったけれど、強く抱きしめられた腕の中の熱さとか、交わしたキスの感触とかそんなのばっかり鮮明に覚えている。

そうだよオレ、あの影山とキス……しちゃったんだよな。

あの日の出来事がフラッシュバックして蘇り、顔が一気にブワッと熱くなった。

「おい、スガ。何やってるんだ? もう閉めるぞ」

「っ! 悪い、悪い今行く!」

いつの間にか最後の点検を終えた大地に声を掛けられ慌てて立ち上がる。

ついさっきまで賑やかだった体育館も普段の静けさを取り戻し、開け放ったドアの向こうから流れてくるひやりとした空気がオレの頬を撫でた。

どうやら影山はもう先に行ってしまったらしい。

良かった、影山にこんな顔見られなくて。

「どうした? 顔、真っ赤だぞ?」

「っ! なんでもないっ! 結構汗掻いたからだろ」

「そうか?」

「そうだよ。早く着替えないと風邪ひくし、オレ先行くから!」

不思議そうに首を傾げながら顔を覗き込まれそうになって、早口で一気に言い終えるとダッシュで更衣室へと向かった。