「……っ、んん、ぁッ」
自分の側でボソボソと人の話し声のようなものが聞こえた。
菅原の意識がゆっくりと戻ってくる。
「あ、ンッ……旭さ、くすぐったい」
今度ははっきりとそう聞こえて、夢現を彷徨っていた菅原は、一気に目が覚めた。
重たい瞼を開くと、辺りはまだ真っ暗だ。
(なんだよ、まだ夜じゃん。誰か起きてんのか?)
あくびを一つして、時間を確認しようと枕元に置いた携帯に手を伸ばそうとした所で、重大な違和感に気がついた。
自分のすぐ隣にいる東峰の布団が、やけにもっこりと山のように膨らんでいる。
「ッ、は……ぁ、あっ」
「!?」
その布団の中から艶のある嬌声が響いてきて、ぎょっとして僅かに身を引いた。
今は合宿中で、此処はメンバー全員が雑魚寝している大部屋だ。
もぞもぞと蠢く布団からは東峰の顔が半分ほど出ているけれど、その下に誰かが居ることは一目瞭然。
東峰と西谷が付き合っているらしいと言う噂は前々からあったから、つまりはそう言う事なんだろう。
菅原は上掛けの中で息を潜め、寝返りを打つふりをしてくるり反対を向いた。
二人は自分たちの事に夢中になっているようだし、薄暗いので恐らく気付かれてはいないだろう。
(なにやってんだよ旭のやつ!)
いつ誰が起きてくるかもわからないような状況なのに、一体何を考えているんだ! と、呆れてしま」う。
心臓が痛いほど鳴っていた。
「ぁっ、ん、痕、付けたらヤ、だって……ッ」
「俺のモノだって徴。ノヤが浮気出来ないように」
「するワケねーしッ、おれは旭さん一筋だから」
「そっか。ありがとな」
「……ねぇ、旭さん……その、そろそろ……」
「何?」
「〜〜ッ。挿れてよ、ソレ」
「!!」
ハッと背後で息を呑む音がした。その直ぐ後に「いや、流石にそれはマズイだろうと、慌てる東峰の声がする。
「大丈夫。おれ声出さないように頑張るから」
「でも、誰か起きて来るかもしれないし」
そーだよッ! 実際オレ起きてるんですけどーー!? もぞもぞと蠢く気配がする背後に心の中で叫んでみた。
頭はすっかり冴えてしまい、眠気なんてとうの昔に何処かすっ飛んでしまっている。
「旭さんは、シたくねぇの?」
「……ッ!! そんなの、決まってるだろ」
「じゃぁ、いいじゃん。シよ?」
ぜんっぜんよくねーよ! スるなら他の場所でしろって。焦る菅原の願い虚しく、耳に生々しい衣擦れの音が響いて来る。
クッと息を詰める気配まで感じ取ってしまい頭を抱えたくなった。
「……はっ、んッふ、ぁん……んッ」
ホントどうしよう。大変な時に目が覚めてしまった。
抜け出すに抜け出せない状況に気が動転し、息が詰まる。心臓は物凄い速さで脈打っているし、全身から嫌な汗が噴き出して手のひらがじっとりと湿っぽい。
呼吸ひとつするにも、二人に起きていることがバレやしないかと、心配で仕方がない。
それにしても――。
(西谷の声、エロい)
声を堪えているものの、僅かに漏れ出る嬌声はどうしようもないらしい。
いつも元気いっぱいな守護神がこんな色っぽい声で啼くのかと思ったら、異様な興奮を覚えた。
このままではヤバい。色んな意味で。
「……ッ」
無意識のうちに下肢に手が伸びて、既に熱く反応してしまっている自分自身に指を絡めた。
合宿に来てから数日。毎日厳しい練習が続いていてずっと抜いて居なかった。
そろそろ解放してやらないと自分が辛い。トイレに行きたい所だが、現状それは無理だ。
背後で行われている行為は未だ終わる気配がなく、完全に二人の世界へ入ってしまっている。
(旭がいけないんだ……こんな所で始めたりするから……西谷がエロい声で喘いだりするからこんな……)
上掛けの中で息を潜めながら軽く扱いただけで、先端から体液が溢れクチクチと濡れた音がする。
そんな音を自分が出してしまっている事に激しい羞恥心を覚えた。
恥ずかしいのに、止められない。
こんな場所でしてしまうという背徳感や、チームメイトをオカズに反応してしまった罪悪感やらで胸が苦しい。
「ん、……は、ぁ」
彼らの動きに合わせて扱いていると溜息のような喘ぎが洩れた。慌てて唇を噛み締め息を押し殺す。幸い、二人には気付かれていないようでホッとした。
「……菅原さん」
「!」
いきなり正面から声を掛けられてぎょっとした。恐る恐る視線を上げるとついさっきまで眠っていた筈の影山がジッとこちらを見ている。
「か、影……ッむぐっ」
思わず声を上げてしまいそうになった口をバフンと手で塞がれ、影山がこっちの布団に入ってくる。
「声、出したら気付かれます」
いいんですか? と、耳元で囁かれてブルブルと首を振った。
こんな姿をほかの誰かに気付かれるのだけは絶対に避けたい。
「菅原さん、スゲーエロい顔」
「っ!」
生暖かい息が耳にかかり、ぞくりと背筋が震えた。熱を孕んだ声や、舐めるような視線に余計羞恥心が煽られる。
最悪だ。よりによってこんな姿を見られるだなんて。
「後ろの二人の声聞いて我慢できなくなったんですか?」
今にも唇が耳に触れてしまいそうな距離で息を吹き込まれ、伸びてきた右手が下肢に触れる。
慌てて止めようとしたけれど、影山の指先が性器に絡む方が早かった。綺麗な指が形を確かめるように触れ、刺激を受けて透明な液が溢れ出てくる。
「わ、ば、馬鹿ッどこ触って……ッ」
「すっげ……」
「影山マジやめッ」
「あまり騒ぐと気付かれます」
「〜〜〜ッ」
後輩に見つかっただけでもバツが悪いのに、この状態のモノを触られるなんて恥ずかしすぎて憤死してしまいそうだ。
上下にゆっくりと擦されクチクチと濡れた音が響く。
「大丈夫、誰にも言わないッス。こんな菅原さんの可愛い姿、誰にも見せたくねぇし」
「は……んッ、可愛いわけねーし!」
この姿の何処が可愛いと言うのか全く理解出来ない。
周囲(特に後ろの二人)にバレるのが怖くて激しい抵抗が出来ないのをいいことに、耳に熱い舌が滑り込んで来る。
濡れた水音が大きく鼓膜を震わせた。声を上げてしまいそうになり、影山のシャツを掴んで耐える。耳の中で響く卑猥な水音と、背後の二人にバレてしまうんではないかと言う思いが混ざり合い頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
「菅原さん可愛いっす。つかエロい」
「ッ、……。は、ぁ……」
聞こえる囁きは熱っぽく、体の芯にゾクゾク響く。どんなに堪えようとしても堪えきれず、噛み締めた唇の隙間から小さな喘ぎが洩れた。
「か、影山、ホントも……やめっ、これ以上するとオレ……」
「イってもいいです。俺、菅原さんのイく顔が見てみたい」
「そ、んなの見なくていいって!」
なんかの悪い冗談かと思ったが、言った本人は至って真面目な顔だ。ジッと見つめるその瞳には、獰猛な光が浮かんでいる。
全てを喰らい尽くされてしまいそうな瞳から目を逸らす事が出来ず、思わず息を呑んだ。
喉は焼け付いた様に熱く、カラカラに乾いてしまっている。
「あ、ほら……となりもそろそろ限界みたいっす」
ふいっと視線を外されホッとしたのも束の間。突然鈴口に爪を立てられた。
ぴりっとした痛みが背筋を駆けて、同時に甘い痺れが沸き起こる。射精を促すような触れ方をされビクビクと身体が跳ねた。
「あっ、やッ」
後輩の手にイかされるのだけはどうしても避けたい。
指先が白くなるほど強くシャツを握り締め、下腹部に力を入れて見たけれど無駄な抵抗だった。
渦巻く欲望は開放の瞬間を求め高みへと上り詰めていく。
「ん、く……ッ」
ブルリと全身を震わせながら、影山の手の中に白濁を放つ。
射精の余韻に浸り、ぐったりと影山の身体に寄り添っていると頭上で小さくクスッと笑う声がした。
「気持ち良かったみたいっすね」
今まで聞いたことのないくらい優しい声が、鼻と鼻が触れてしまいそうな距離で額をコツンと当てながら聞いてくる。
目尻に浮かんだ涙を左手で掬い取られ、ハッと我に返った。
「ご、ごごごゴメン影や……んむっ」
慌てて謝罪しようとした声は、再び綺麗な彼の手によって塞がれてしまった。
「大きな声出すと気付かれますって」
「!」
そーだった。東峰達の存在を一瞬忘れてしまっていた。
「今、誰かしゃべりませんでした?」
「ええっ、誰か気付いて……?」
二人の世界に浸っていた背後の二人が、キョロキョロと辺りを見回す気配がする。
コレは絶対にマズイ。と、影山にしがみついた体勢のままギュッと目を瞑り寝たふりを決め込んだ。
心臓が今までにないくらい早鐘を打って、息苦しい。
よく考えて見れば、元はと言えば彼らが全ての元凶なのだから、「ヤるならせめて場所を選べよな」と、笑いながら一言言ってやればいいだけの話だ。
けれど、後ろめたい気持ちの方が勝っていてとてもじゃ無いが言い出す勇気はない。
「誰も起きてきてないみたいだぞ」
「いや……でも確かにさっき何か聞こえて……」
ぐるりと周囲を見回していた西谷の視線が自分に止まったような気がした。
「ねぇ、旭さん……菅原さん、影山と抱き合って寝てる」
「えっ!? あー、本当だ」
顔を覗き込まれ、体温がぶわっと上昇していく。これ以上突っ込まれたら恥ずか死んでしまいそうだ。
身動きの取れないこの状況は拷問以外の何者でもない。
(オレらのことはいいから早く行けよ!!)
息をするのも億劫になるほどの長い時間二人に見つめられ、全身から嫌な汗がドッと噴き出してくる。
ひたすら念仏か何かのように、早く行け、気付くなと心の中で繰り返し時が過ぎるのを待った。

「――菅原さん」
どのくらい時間がたっただろうか?
不意に頭上から声を掛けられ、瞑っていた瞳をそっと開いてみた。
「あの二人なら何処かへ行きましたよ」
「そっか……よかった」
ホッとして、全身の力が抜けた。
「ゴメンな。なんか……」
「いえ。スゲー貴重な体験させてもらったし俺得でした」
「!」
何処か嬉しそうに言う影山の言葉にピキッと固まる。
忘れていたわけではないが、影山との恥ずかしすぎるあれやこれやが蘇りカァッと頬が熱くなった。
そんな菅原の頭を左手がそっと撫で、手を洗って来ます。と言い残して影山が部屋を出ていく。
「影山の手……うわーオレのバカ」
暫くは影山の手を見て思い出してしまうかもしれない。
こんな事になったのも全ては東峰のせい――。
(くっそーっ! 明日は旭にトス上げてやんねー!!)
火照った顔を上掛けで覆い、菅原はひっそりとそう誓った。