No title

「日向?」

不安そうに名を呼ばれ反射的に肩が震えた。

ゆっくりと近づいてくる気配がする。

「あのさ……オレ、やっぱつまんなかった?」

「はぃ?」

予想だにしていなかった言葉に、思わず声がひっくり返った。

なんでそういう風になる?

「オレ、女の子みたいに可愛くないし……柔らかさも、胸だってぺったんこだし……がっかりさせたんじゃないかと思って」

恐らく、日向の態度に不安を感じたのだろう。伊月は正座して膝の上に置いた服をギュッと握りしめながら俯いている。

つまらないわけがない。寧ろその逆で、伊月に溺れてしまいそうな程欲しているのに。

「……っかやろ……」

堪らず振り向いて、伊月の身体を強く引き寄せた。

頬を掴んで仰向かせ戸惑う唇を乱暴に塞ぐ。

「ぅ……っん、ん……っ」

幾度となく角度を変えて口づけて、背中に腕が回ったことを確認し、再びカーペットの上に押し倒した。

「つまんねぇわけ無いだろ。今だって、必死こいて我慢してるっつーのに……」

「ほ、本当か?」

「嘘吐いてどうすんだよ」

じわりと苦笑して、艶のある髪をそっと撫でた。

「胸とか、正直どうでもいいし……つか、俺だっていろいろ不安だったんだからな!」

「えっ?」

「ったりまえだろ! その、初めてだったから……俺ばっかがっついてたんじゃないかとか、ちゃんと伊月を気持ちよくさせてやれたのかとか、下手だったらどうしようかとか色々……」

言いながら、恥ずかしくなってしまった。赤くなった頬を隠すように視線を逸らすと、真下で伊月がくすっと笑う。

「日向、顔赤くなっちゃってるよ」

「う、五月蠅いっ! そういうお前こそ赤いじゃないか」

「こ、これは日向のが伝染ったんだよ!」

目が合ってお互いに失笑が洩れた。伊月の首筋や頬を撫でながら日向は言う。

「取り敢えずさ……がっかりとか、つまんねぇってのはねぇから安心しろ」

「オレも……まだよくわからないけど、取り敢えず下手ではなかったと……思う」

「おい、ソコは気持ちよくて堪らなかったって言うところだろうが! 散々喘いでたくせに」

「……っ、言うわけないだろ馬鹿っ! それに、そんなの覚えてない……」

伊月が顔を背けるから、それを追いかけて耳元に囁く。

「へぇ、記憶無くすくらい悦かったのか」

「ばかっ、ちがうって……」

茹でた蛸のように赤くなる伊月が可愛くて仕方がない。自分もおそらく赤くなってしまっているだろうが、きっとこれは伊月の熱が伝染ったせいだ。

からかって遊んでいるうちに、部屋の中が甘い空気でいっぱいになっていた。

ふと、互いに目が合って時が止まる。

「――――」

引き合うように二人同時に唇を寄せあった。

と、その時。

ぐーきゅるるる〜というなんとも間抜けな音が盛大に響いてがっくりと肩を落とした。

「伊月〜〜」

「ごめっ、なんかオレ……腹減って……」

「さすがに食欲には勝てないってか」

時計を見れば、そろそろ朝食が出来ていてもおかしくない時刻だ。

「ごめん……」

「続きは、また今度だな」

日向の言葉に頷いて、衣服を整えると二人は手を繋いで部屋を出た。

廊下から微かに風が来て、甘い雰囲気が払われる。

階下からはふわんと甘い卵焼きのいい香りが漂っていた。



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