No title
「――じゃ、あたしこっちだから」
みんなそれぞれ帰路につき、最後まで一緒だったリコがじゃぁまた明日ね。と、手を振る。
それを二人で見届けてから、日向はちらりと伊月に視線を送った。
「で? 結局どうすんだよ」
「……行く。て、言うか……行きたい」
真っ赤になって俯きながら、蚊の鳴くような声で伊月はそう答える。
その仕草が可愛く思えて、日向は肩を竦め小さく息を吐いた。
「わかった。おふくろさんにはちゃんと電話入れておけよ」
手を差し出すと伊月はコクリと頷いてそっと手を繋いできた。片手で携帯電話を操作して、自分の家に電話を掛ける。
「――あ、もしもし姉さん? 今日オレ、日向の家に泊まるから。え? 違うよ本当だって! オレに彼女がいないことくらいわかってるだろ?」
どうやら疑われているらしく必死に弁解しようとする姿が可笑しくて仕方がない。
本当は彼女じゃなくて、彼氏だけどな。
なんて事を考えながら、繋いでいた手をゆっくりと解き腰をそっと引き寄せた。
「ちょ、日向……っ」
一気に距離が縮まって伊月の身体が硬直する。
「別にいいだろ。暗くて誰も気づかねぇよ」
「そういう問題じゃないってっ! あ、いや……こっちの話。たく、信じてくれないなら今日向が横に居るから代わるよ」
返答に困った伊月が、日向にグイッと携帯を押し付けて来た。
仕方ねぇなと呟いて電話を受け取り、伊月が泊まることを了承してもらう。
「なんでオレが言っても信じてくれないのに、日向に代わったら納得するんだよ」
拗ねたように口を尖らせて携帯をポケットに仕舞う仕草が可笑しくて思わず失笑が洩れた。
「そりゃお前、色々間違いが起こらないように。だろ?」
「間違いって……なぁ?」
「なぁって、同意を求められてもな」
異性関係は警戒していても、まさか同性の、しかも友人である日向と恋人関係にあるとは伊月の家族も思わないだろう。
じわりと苦笑して、空を見上げた。それにつられるようにして伊月も視線を空へと移す。
雲一つない漆黒の闇に、青白い満月が煌々と辺りを照らしている。
「……さて、そろそろ行くか」
「あぁ。……どうでもいいけど、歩きにくいから腰掴むのやめてくれないか? ……恥ずかしいし」
「ん? この方が暖かいんだよ」
恥ずかしそうに俯く伊月の熱さが伝染してしまいそうで、日向は慌てて視線を逸らした。
それでも、腰に回した腕は家に辿り着くまで一度も離さなかった。