No title

その後の事は、実はよく覚えていない。日向にキスされたことが衝撃的すぎて今まで覚えて来たセリフが頭の中からすっぽりと抜け落ちてしまった。

オレは日向の顔がまともに見れなくて、始終俯いていることしか出来なかった。

「取り敢えず、大成功だったな」

文化祭も無事に終了し、興奮冷めやらぬオレ達は近所のファミレスに押し掛けちょっとした打ち上げパーティを開いていた。

「あぁ、伊月がピクリとも動かなかったときはどうなることかと思ったけど」

「いきなり飛び起きるとか反則っすよ! アレはマジでウケたっす」

「なんたって、王子様のおでこに頭突きだもんな!」

あははっと笑いながら、芝居の事を話題に出されオレは居た堪れない気持ちになる。

「それまでのシーンが凄いいいムードだった分、アレは強烈でしたね。でも僕……伊月先輩達が本当にキスしているように見えたんですが」

「――っ」

黒子の言葉に、俺もそう見えた!! と、小人役で周囲を囲んでいた面々が一斉にオレ達の方へと視線を向けて来る。

「……んなわけねぇだろっ! ダアホっ! 目の錯覚だよ、錯覚! なぁ、伊月?」

突然その話題を振られ反射的に肩が震えた。

でも、ここでどもってしまっては怪しまれると思い、咄嗟に頷く。

「ほら見ろ。伊月もアレはフリだったって言ってるじゃないか!」

そっかぁ、オレ達の目の錯覚かぁ。と、納得するメンバーの中で黒子だけは疑いの眼差しを崩さなかった。

それ以上はなにも言わなかったけれど、もしかしたら角度的にアイツの位置からは見えていたのかもしれない。

「悪い。ちょっとトイレに行ってくるよ」

黒子の視線に居心地の悪さを感じて、オレは堪らず席を立った。

トイレに駆け込み、自分が今どんな顔をしているのか鏡の前に立ってチェックをする。

きっと、酷い顔をしているんじゃないかと思ったけれど以外と普通の顔で安心した。

それにしても――なんで、日向はあんなことを。

台本にも、フリだって書いてあったのに。

そっと、自分の唇を指でなぞってみた。途端、さっきの触れ合った感触を思い出してしまい、ぶわっと体温が上がる。

「伊月、ちょっといいか」

なんとか気持ちを鎮めようと、深呼吸をしながら髪を整えているとよりにもよって日向が入ってきた。

何か言ったほうがいいんだろうか? 聞きたいことはあるけれど、それを上手く言葉に出来なくて重い沈黙がオレ達を包み込む。

どうしても口元に目がいってしまい、恥ずかしくてまともに日向の顔が見られない。

いっそ逃げ出してしまいたい気持ちに駆られたが、出口は日向の身体で塞がれているためにそれは適わなくておたおたと視線を彷徨わせるオレを見て日向が困ったように息を吐いた。

「……すまなかったな」

「え?」

「その、マジでキスしちまった事、反省してる」

「……」

「お前の顔見てたら、どうしても我慢できなかったんだ」

――えっ、我慢、出来なかったって一体どういう――?

「日向、それって……」

「っ! 言葉どうりだよっ」

ぐっと強く腕を引かれ、きつく抱きしめられた。

「えっ、ちょっ? 日向!?」

「やっぱ、お前に白雪姫なんてさせるんじゃなかった。可愛すぎンだよっ」

「可愛すぎって言われたって。オレには日向の言ってる意味がわからないよ」

アレのどこを見たら可愛いなんて言えるのか、皆目見当もつかない。

「たくっ、ずっと堪えてるつもりだったのに」

「日向?」

「……黙っておくつもりだったけど、この際だからはっきりと言う。俺はお前の事が好きだ」

「っ!」

「多分、中学ん時から好きだったんだと思う。毎日お前を目で追ってて、気がついたら好きになっちまってた」

「は……」

こんなの、いきなりすぎてどうしようもない。

日向がオレを? 冗談なら全然笑えないし、本気で言ってんなら嬉しいけど、正直困る。

驚き過ぎて腰が抜けそうで、膝がガクガクと震える。

「本気、なのか?」

「当然だ」

「……っ、でもオレ、男だし」

「そのくらい、最初からわかってるよ。馬鹿!」

「日向は、木吉の事が好きだってずっと……思ってた」

「はぁ!? 気持ち悪いこと言ってんな! なんで俺がアイツなんかっ! アイツは、ただの変人だ! まぁ、恩人でもあるから一緒にいるだけで……」

モゴモゴと口篭った日向の仕草が可笑しくて、思わず小さく噴き出してしまった。

「てめっ伊月! なんでそこで笑うんだよ」

「ごめん。だってこんな場所で告られると思ってなかったし……なんだかホッとして」

こんな所、というのはつまりファミレスのトイレの中だ。

ムードのへったくれもない場所で抱き合っているオレ達は間抜け以外の何者でもない。

「本当にオレなんだな?」

「だから、何度も言わせんな、ダアホッ!」

「そっか……」

ふいっとそっぽを向いてしまった日向の耳が赤くなっていることに気が付いて、自然と口元に笑みが浮かぶ。

「つか、伊月はどう思ってるんだよ?」

「えっ、オレ? う〜んそうだな……」

拗ねたような日向の表情が可笑しくて、つい意地悪をしてみたくなった。

「そこは悩むところじゃねぇだろ!」

「ハハッ、冗談だよ」

答えなんて、決まってるじゃないか。口に出すのは恥ずかしかったので、そろそろと背中を抱き返した。

「オレも……日向が好きだ」

日向の胸の中、優しい体温に包まれながらオレはホッと安堵の吐息を吐いた。

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