No title
客の反応は上々。出演者が全員男だと言うのがウケたのかはわからないが、時折聞こえてくる笑い声にオレ達はホッと胸をなでおろす。
「なんか、冷めた目で見られたらどうしようかと思ってたけど、大丈夫そうだな!」
「あぁ、別にウケを狙ったわけじゃなかったけど、みんな楽しんでくれてるみたいだ」
舞台袖でそんな会話を交わしながら、オレ達は確かな手応えを感じていた。
物語は順調に進み、いよいよ問題のシーンがやってきた。
「頼むぞ、伊月」
「あ、あぁ……」
緊張と不安と、色んな感情が入り混じった複雑な気分のままオレはベッドに横たわる。
大丈夫、大丈夫だ……。キスするフリなんだ。
その瞬間を待つ間、何度も何度もそうやって自分に言い聞かせる。
そして、いよいよパァっとスポットライトがオレに標準を合わせた。まばゆい光に照らされて思わず顔をしかめたオレの頭上にふっと影が差す。
「――ああ、愛しい白雪姫よ私の口づけで目を覚ましたまえ……」
「――っ」
ゆっくりと近づいてくる日向の顔。今日の日向は眼鏡をしていない。
身体にいくつも心臓があるみたいに、あちこちがドキドキしだす。
目を閉じていても感じる、日向の気配にオレは息をするのを忘れてしまいそうだ。
ふっと鼻先が触れ、日向の吐息が唇にかかる。
そして――。
「……悪い、伊月」
「――ぇっ」
ボソリと、日向が呟いたと思ったらチュ、とオレの唇に何か柔らかい物が触れた。
「……ンッ」
なにが起きたのかわからない。だけど、確かにオレの唇は日向のそれと重なっていて……。
キス、されている。そう認識したとたん頭の中が真っ白になった。
「おい、伊月! 何やってんだよ。芝居、芝居っ!」
小金井の囁きで我に返ったオレは、思いっきりガバッと勢いよく跳ね起きた。その拍子に日向のおでこにゴチッと自分の額をぶつけてしまう。
「いって〜〜っ」
お互いに額を押さえて悶絶すること数秒。
シンと静まり返っていた場内からドッと笑いが沸き起こった。