No title

翌日、組まれていた練習メニュー+上乗せ分を消化しきった誠凛メンバーは揃って地元の夏祭り会場へと足を運んでいた。
言い出しっぺは伊月ではなく、黒子だ。
「いい? みんな、絶対に問題だけは起こしちゃだめよ?」
「わかってるってカントク! 俺ら幾つだと思ってんだよ」
腰に手を当て念を押すカントクにコガがノー天気な声を上げる。
「うちには問題児が揃ってるからね。もしも、勝手な行動したりしたら……明日のメニュー5倍にしてあげる」
ふふっ、とにこやかに笑いながら恐ろしい言葉を口にするカントクの言葉に一同はヒィと小さな悲鳴を上げた。
何が何でも騒ぎを起こすようなことは避けなければ自分たちの命が危ない!
「……あれ? 日向は……?」
ふと、気が付けばつい先ほどまで側にいた筈の日向の姿が何処にも見当たらない。
「キャプテンなら、さっき木吉先輩と連れだって何処かへ行きましたよ」
キョロキョロと辺りを見回していると不意に後ろから黒子にそう教えられた。
「たく、……カントクにシバかれたらどうするんだ……」
この時点でもう不安しかない。
「ちょっと、そのあたり探して来る」
「あ!」
はぐれた時の待ち合わせ場所だけ確認すると、伊月は人込みの中へと入って行った。
いつも見ている日向の姿なら、何処に居ても探し出す自信はある。

「アイツら、一体何処まで行ったんだよ」
人込みを掻き分けながら、伊月は思わず小さなため息を吐いた。
店と言う店は大体探したのに、日向らしき人物どころか木吉の姿も見つからない。
木吉はともかく、日向が一緒ならそこまで大事になるような問題を起こすことはないだろう。
一旦諦めてほかのメンバーと合流しよう。額に滲んだ汗をぬぐい来た道を戻ろうとしたその時。
賑やかな大通りから少し外れた雑木林で人目を避けるようにして奥へと進んでゆく日向の頭らしきものを見つけた。
「たく、やっと見つけた」
もうすぐ花火が始まるのに何をやっているんだと、声を掛けようとしたその時。
「――ば、バカッ! んなとこで何す……っ」
「もう、我慢できないんだ日向……」
「――――ッ」
人気のない木々の間に隠れるようにして、木吉が日向の頬を撫で顎を掬い、徐に深く口付けた。
「……ッ、ぅ……んん、ふ……ぅんんっ」
息継ぎの合間に日向の鼻から抜けるような吐息が響いて来る。
行き場を無くした日向の腕が、そっと躊躇いがちに木吉の首へと回されるのを見て、伊月は慌てて木の影へと隠れた。
どうしよう。一番遭遇したくなかった場面に出くわしてしまった。
鈍器でガツーンと頭を殴られたような衝撃に、目の前が一気に暗くなる。
胸が引き絞られるように苦しくて息が出来ない。
「……くっ」
これ以上、この場に居てはいけない。
唐突にそう思った。これ以上二人の側に居たら、きっと自分は耐えられない。
底知れぬ不安に押しつぶされそうになりながら伊月はふらふらとその場を後にした。

(ああいう事、考えないようにしてたんだけどな……)
人込みを掻き分ける気力も無く、とぼとぼと歩いていると反対側から来た人物にぶつかった。
「……すみません」
人にぶつかるのはもう何度目だろう。覇気のない声で謝罪の言葉を口にして再び歩き出そうとするといきなり肩を掴まれた。
「おい、大丈夫か?」
聞き覚えのある声だ。何気に顔を上げ、色素の薄い瞳と視線が合う。
「あっれ、誠凛の伊月さんじゃないっすか」
その隣から呑気な声を上げるのは、秀徳のPG高尾だ。すぐ隣には目立つ緑色の頭が見える。
「――大丈夫、です」
「……」
もっと、言わなければいけない挨拶とか色々とあっただろうがそのどれもが言葉にならない。
今、これ以上声を出したらきっと泣いてしまう。
やっとのことで絞り出した言葉に思う事があったのか、肩をグッと引き寄せられた。
「悪い、大坪。俺、コイツと一緒に回るわ」
「!?」
「集合場所には後で合流するし、別にいいだろ?」
「あぁ、それは構わんが……」
自分の頭上でそんなやり取りが聞こえて来る。
一体、何のつもりだろうか?
「あ、あのっオレは……」
「いいからツラ貸せ」
「……っ」
低い囁きは有無を言わせない迫力を滲ませていて、自分に拒否権などないのだと悟った。
そのまま引き摺られるようにして後をついて行く。宮地は何も言わず、ただはぐれないようにする為なのか伊月の腕をしっかりと掴んだまま足早に人込みを掻き分け進んでいく。
一体、何処につれていかれるのだろう? もう祭りを楽しむ気分でもないし、とにかく今は一刻も早く一人になりたいのに。
「あの、宮地さ……」
「此処にちょっと座ってろ」
指定されたのは、道路わきにある2人がけのベンチ。ひっそりと佇むその場所は、賑やかなお囃子や人々の笑い声がすぐそこに聞こえるのに隔離された世界のように静まり返っている。
まぁ、今はこういう静かな場所の方が落ち着くしありがたい。俯いたままそこに腰を下ろし、大きなため息が洩れた。
一人になると、嫌でも考えてしまう。先程の光景が脳内に蘇り胸がぐっと苦しくなった。


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