No title
「行くぞ」
「あぁ」
せーので振り向いたオレの目に飛び込んで来たのは、青を基調としたブラウスタイプのトップスに白いタイツ。赤いマントと大きな羽つきの帽子が実に印象的な日向の姿。
「……馬子にも衣装って感じだな」
「――――っ」
冗談めかして言ってみたけれど、返事は返ってこなかった。振り向いた日向の視線がオレに集中する。無防備に驚き顔をした日向を見て、オレは少し不安になった。なにも反応がないのは結構辛い。「なんだ、それ似合わないな」って、笑い飛ばしてくれた方がよっぽど気が楽だ。
互いに一言も喋らない状態が続いて、オレ達の間に奇妙な沈黙が生まれた。どうしよう、なんか凄く気まずい。
「……」
「……」
気まずい。何か、しゃべらないと、本気で気まずい。
こういう時に限って、ダジャレの神様は降りて来てくれない。
ダジャレ〜、ダジャレ〜。なんでもいいからこの空気をなんとかしてください。
「日向?」
「えっ? あ、あぁ。なんだ?」
沈黙に耐え切れなくなって思い切って声を掛けたら、日向が弾かれたように顔を上げた。途端、視線がぶつかる。
「なんだ? じゃないよ。あまりにも似合わないからって絶句するな。流石に凹む」
「悪い。そうじゃないんだ。――寧ろ逆だ! 似合いすぎてて、ちょっとビビった」
「えっ? ハハッ、何言ってんだよ日向! 似合うわけないだろ」
「いや! すげぇ似合ってる! 正直、伊月に女装なんて似合うわけねぇと思ってたけど……これはコレで有りだと思う!」
ガシッと手を握られて、俺はどうしていいかわからなくなった。
だって、女装してんのに似合うとか、アリだとか、そんなこと言われても正直困る。
「なぁ、伊月……俺とキスシーンやるの、そんなにイヤ、なのか?」
「――っ」
日向の表情が曇って、切なげに眉が寄せられる。いきなり何を聞くのか? と、思ったけれどからかってるようにはみえない。
「イヤ、と言うか……ただ単に恥ずかしいだけだよ。火神とか、小金井とか凄くワクワクした目で見てんのがわかるから余計に。フリだって頭ではわかってるんだけどさ……見られるとやっぱ、な」
「チッ、あいつらか」
「あ、でも! 本番では絶対に上手くやるから。きっと、大丈夫だから!」
みんなも一生懸命練習してきたんだ。オレの個人的な感情のせいで全てを台無しにするわけにはいかない。
「オレもここまで来たらやっぱ成功させたいと思うし。頑張るしかないもんな」
そう笑いかけたら、日向に目を逸らされてしまった。
このタイミングで目を逸らされるとちょっと傷つく。
そこへ、「遅いよ、二人共! なにやってんの?」と、声がかかった。
「っ!」
薄暗かった部屋に光が差込み、カントク達がひょっこりと顔を覗かせる。
「おぉ!? スゲー、伊月先輩超可愛いっす!」
「なになに? お手手繋いで仲良くラブシーンの練習?」
「ち、ちげーよっ! 小金井! いかがわしい言い方すんな!!」
パッと手を離した日向が、カントク達からは見えないだろうけど首から耳までじわじわと赤くなっていくのが手に取るようにわかった。
「くくっ、日向……顔、赤いよ」
「伊月黙れ!」
照れた日向にポカリと頭を殴られ、くすぐったい気持ちになる。
本番まであと一週間。当日は、上手く出来ますように。オレ達を取り囲んでワイワイと騒ぎ出した面々を見ながら、そう願わずにはいられなかった。