No title


どの位眠っていただろうか? 夢うつつを彷徨っていた高尾の意識は、小さな物音でゆっくりと浮上してきた。

「くそ……消毒液何処だよ……」

薄暗い部屋の隅で、何処かで聞いたことのある声がする。

起き上がって見てみれば、バスケ部の先輩で宮地の弟でもある裕也の姿。

体育で何処か怪我でもしたのか擦り傷だらけで、手のひらから流血しているのが見えた。

「あ、れ……。宮、地さん? せんせいは?」

「高っ……おまっなんで此処に!?」

「あはは、ビックリさせちゃいました? サーセン。ちょっと具合悪くて」

つい先ほどまで居たはずの先生の姿は辺りをキョロキョロと見渡してみても見つからない。

先生はさっき保健室のドアに張り紙をして出て行ったと聞かされて、気だるい身体を起こしてベッドから這い出る。

具合悪いのなら寝てろとか言われたけれど、滴る血液を見たらジッとなんてしていられない。

「宮地さんの事だから、絆創膏で済まそうとか思ってたんっしょ? ダメっすよ。大事な手になんかあったらどうするんっすか」

綺麗に傷を消毒してやりながらそう言ったら、照れたのか「うるせぇよ馬鹿」と軽く頭を叩かれてしまった。

「ブフォッ、ひっで〜暴力反対〜ッ!」

冗談めかして言いながら慣れた手つきで消毒を済ませ、手のひらに大きめの絆創膏を貼ってやる。

「出来ました。違和感とかないっすか?」

「ねぇよ。んなもん」

手を握り傷口がきちんと覆われているかを確認。出血はやや多かったけれど見た目ほど深い傷ではなかったし、きっとすぐに治るだろう。

(宮地さんの手の方が少し大きい……か?)

色素の若干薄い手を確認しながら、ふとそんな事を考える。自分よりほんの少し大きめな裕也の手のひらは、あちこち皮膚が硬くなってマメがいくつも出来ていた。宮地にも自分にも緑間にも言える事ではあるが、それは誰よりも練習してきた証だ。

「……」

(兄弟揃って努力家とかマジ……イケメンだしずるいよな)

高尾は宮地の手が好きだ。自分より大きくて、いつもひんやりと冷たい。デコピンされたり、グーで小突かれたり意地悪な事をされる方が圧倒的に多いけれど、二人きりの時は優しい手。 

よく髪を梳いてくれるし、優しく包み込んでくれる――。

「……今、お前兄貴の事考えてただろ」

「ぅ、えっ!?」

急に話しかけられて夢から覚めたようにハッとした。顔を見なくても不機嫌そうな雰囲気がなんとなく伝わって来る。

裕也が兄である宮地をライバル視しているのはバスケ部の中では結構有名な話しだ。

宮地は、そのことについてあまり深くは考えていない様子だったが、宮地と比べたりすると裕也の機嫌が悪くなるので、触れないようにと言うのは1年の間では暗黙のルールとなっている。

もしかして怒らせたのだろうか?

「俺さ、兄貴と比べられんのが一番嫌いなんだよ」

暗い声が響いたと思ったら、顎をぐいと持ち上げられた。困惑して瞳を揺らす高尾の頬を、裕也の指先がいたずらに撫で下ろした。艶めかしい仕草に嫌な予感がして指が辿った肌がピリピリと粟立つ。

「そういやオマエ、兄貴と付き合ってんだって?」

「っ!」

いきなりの質問に咄嗟に声が出なかった。なんて答えたらいいのか迷って視線を泳がせていると、それを肯定と取ったのか裕也の瞳がスッと細められた。

なぜ、その話題を今持ち出してきたのか真意はわからない。ただ、ほんの一瞬だけ裕也の視線が、部屋の奥にあるベッドへ注がれたのを高尾は見逃さなかった。

「……熱、あんだろ? 寝てろよ」

「へ? あ、ハイ。そーっすね……」

顎でベッドへ行けと合図され、戸惑いながら元に居た場所へと戻る。イマイチ裕也が考えていることが掴めない。

ベッドに腰を下ろすのとほぼ同時、腕を掴まれてベッドに押し倒された。
裕也の服からいつも宮地が使用しているであろう柔軟剤の香りが降り注ぐように落ちて来て、その香りにどきりとした。

じゃ、なくて!

「ちょっ! 宮地さん、何……!?」

「怪我、治療してくれたお礼に俺が特別に介抱してやるよ」

酷くセクシーな声で囁かれゾクリと背筋が粟立つ。

「や、大丈夫ですっ! ちょっ、やめっ」

ひやりと冷たい手にシャツを捲られ、抵抗しようと身じろぎすると咎めるように胸の尖りを強く摘ままれた。

「あぁ……っ!」

ちくりとした痛みに身を捩る。抵抗しようとすると、裕也の顔が迫って来て耳たぶを唇で挟まれた。

息を吹きかけられるとゾクゾクするような甘い痺れが全身を駆ける。

「ひぁっ」

思わず洩れてしまった声に驚いて慌てて口を手で塞ぐ。

「耳、弱いのか?」

喉で笑いながら息を吹きかけられ、顔がかぁっと熱くなった。

その反応に満足したのか逃げようとする頭を押さえつけられ、熱く濡れた舌が耳の中に差し込まれる。

くちゅくちゅと耳の中で濡れた音が響くのがいやらしくて堪らない。

これは宮地じゃないと頭では分かっているのに、宮地と同じ柔軟剤の香りが鼻腔を擽りくらくらする。

「あっ、んん……宮地さ、だめ……っ」

耳を蹂躙しながら、尖りだした胸の飾りを押したり潰したりして熱い指先が弄ぶ。二点を同時に攻められるとどうしようもなく腰が甘く疼いてしまう。

「ダメって、言う割に離してくれねぇな」

いつしかシャツを掴んで縋りつくような態勢になってしまっていた高尾を見て裕也が意地悪く笑う。

「なぁ、どうしたい? 兄貴には黙っておいてやるよ」

首筋に舌を這わせながら、聞いてくる。

割られた足の間では、高尾が腰を揺らすのに合わせて裕也の膝が竿の根元の柔らかな部分を押し上げるように刺激してきた。

「……ッ」

甘い誘惑に高尾は息を呑んだ。

(ダメだな、オレ……なんで、こういう時に限って先生は居ないんだろう? とか、人のせいにしようとしてる)

ちゃんと、自分で判断すればいい事なのに……。

「宮地さん、オレ……」

躊躇いがちに回された腕が答えだった。

都合の悪い思考には全て蓋をして、高尾はそっと裕也に全身を預けた。


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