No title

「宮地……さん? なんで……?」
これは都合のいい夢だろうか。
呆然とする高尾の腕を掴んだまま、宮地は顔をしかめた。
「んなとこにいやがった。何処まで走りにいってんだお前はっ!」
そのまま腕の中に抱き込まれる。反射的に逃れようとする身体を逃がすまいと強い力で抱きしめられ、宮地の温もりと共に懐かしい彼の香りが胸に染み込んでくる。
「たくっ、こんなに冷えて……」
宮地は高尾の肩を抱いたまま踵を返して歩き始めた。
「あ、あのっ、何処に行くんっすか?」
質問に対しての返事は無く、無言のままタクシーに乗り込むと、引きずられるようにして見知らぬアパートに連れて来られた。
あれよあれよという間にバスルームに押し込まれ、濡れたシャツを着たままいきなりシャワーを浴びせられた。頬や腕に当たる湯がひどく熱くて反射的に逃げようとするが許して貰えず、強引に湯を掛けられる。
「馬鹿かお前は! 大会前にキャプテンが風邪なんてシャレになんねぇだろうが!」
「すみません……」
早く脱げと急かされたが、なかなか上手く指が動いてくれない。
俯いて佇んだままの高尾が動く気配がないとわかると、宮地は苛立たしげにチッと小さく舌打ちをして、シャワーを壁に掛け、半ば強引にシャツを頭から引き抜いた。
「……取り敢えず、話は後だ。しっかり温まるまで出てくるんじゃねぇぞ」
それだけ言うと、宮地は浴室から出ていってしまう。
一体何を話すことがあるんだろう?
顔も見たくないほど嫌いなら、あのままほっといてくれたら良かったのに。
宮地の優しさが今は辛い。シャワーで身体が温まるにつれ涙腺までが緩んでしまったようでじわりと目頭が熱くなってくる。
壁に背を付けたまま、こみ上げてくる涙を誤魔化すように顔を上げ、シャワーを頭から被る。
雨で冷え切っていた身体がようやく温まり、あんなに熱く感じていた湯が心地よく感じるようになってきた頃、改めて今の状況を考えてみた。
此処は恐らく宮地の家だろう。
仲のいい木村や大坪でさえ数回しか来たことが無いと言っていた。
いつかは噂の部屋を覗いてみたいと思っていたけれど、まさかこんな形でお邪魔する事になるなんて。
ーーここに噂の彼女も出入りしたりしているのだろうか?
美人な彼女と二人きりで、甘い一時を過ごしたこともあるかもしれない。
きっと、この狭い浴室にも二人で……。
ふと、そんな事にまで考えが及び無性に虚しくなってきた。
自分は何を考えているんだ。宮地の家なのだから彼が誰とどう過ごそうが関係ないじゃないか。
最初から適う筈のない相手に嫉妬するなんてみっともないことこの上ない。
自嘲的な乾いた笑いが洩れて、鼻の奥がつんと痛くなった。
いつまでもくよくよしてたって仕方がない。風呂から上がったら、宮地の口からはっきり言って貰わなければいけない。そして自分の気持ちに決着をつけよう。
心の中でそう決意して、高尾はシャワーのコックに指をかけた


[prev next]

[bkm] [表紙]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -