No title

返す言葉がすぐに思いつかず黙っていると、それを肯定と取ったのか彼女は小さく息を吐きゆっくりと地面に視線を落とした。
「私、我が儘だから。好きになった人には自分だけ見てて欲しいの……」
切なげにそう言って俯く彼女の姿に、たった今まで感じていた苛立ちは何処か陰を潜めてしまう。
飛び抜けて美人とまでは行かないが、そこそこ可愛く誠実で穏やかな娘だ。
この話を切り出すのに、どれほど悩んだのだろう?
彼女の気持ちに気付いてやれなかったのは完璧に自分のミスだ。
「……そうかよ。わかった……」
彼女はハッとしたように顔を上げ、一瞬驚いたような表情をしたのち複雑な笑顔を作って見せた。
引き留めて欲しい気持ちと、すんなりと事が運んでホッとしているような複雑な表情に胸が痛む。
「ありがとう。ごめんね? 清志も未練があるなら、好きな人に告白しちゃえばいいのに……」
いつもの別れ道、最後に一度だけ手をぎゅっと握り、彼女は手を振って帰って行った。
「うるせーよ。余計な世話だっつーの……」
そう簡単に告白出来たら苦労はしていない。
「俺には俺の事情ってもんがあるんだよ」
既に小さくなりつつある彼女の後ろ姿にそう呟いて、思わず深い溜息が洩れた。
「くそっ……」
すっきりしない気分のまま、ポケットに手を突っ込んで俯いてしまいそうになるのを堪え空を見上げる。
秋の日は釣瓶落としとはよく言ったもので、頭上には早くも丸い月が顔を覗かせていた。


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