No title
「――伊月」
名前を呼ばれて目を開けると、視界いっぱいに日向のアップが見えた。
何故かオレは仰向けに寝かされていて、その上に覆いかぶさるような形になっている日向がするりと唇を寄せてくる。
「!?!?」
ギョッとして顎を引こうとした。けれど、思うように身体が動いてくれない。
一体なにがどうなっちゃっているんだ!?
わけがわからず混乱しているオレの頬を、スッと伸びてきた指先がゆっくりと撫で唇にそっと触れた。
甘さの滴るような仕草に心臓が飛び出そうになって、息が止まる。
いまにも唇が触れ合いそうな距離をどうしたらいいのかわからなくて、オレはカチンと固まってしまった。
や、やっぱりこういう時は目を瞑るべきなのだろうか? いや、まず。なんでこんな事になっちゃっているのかが問題だ。
ぐるぐると考えを巡らせているうちにフッと目の前が暗くなった。
「――っ」
顔が近づいてくる気配がして、ドキっとなり、思わず目を閉じた。
そして――。
「ん……」
眩しくて目が覚めた。カーテンの開かれた窓から強烈な光が差し込んでくる。
ここは一体どこだろう? まだ半分ほどしか回転していない頭で考えていると、不意に頭上で何かが動く気配がした。
「おはよう、俊」
爽やかな朝の挨拶に、ゆっくりと脳が覚醒してくる。
「お、わ……っ姉さん!?」
がばっと起き上がったオレを待ち受けていたのは日向のドアップではなく、サラサラのロングストレートを一つに纏め、制服姿に身を包んだ姉さんの姿だった。
「なんの夢見てたの? 顔、赤いわよ」
「っ、なんでもいいだろ! も〜……自分で目覚まし掛けてるから起こしに来なくていいっていつも言ってるじゃないか!」
クスクスと笑う姉さんに、夢の内容を追求されるのが恥ずかしくてベッドから転がり落ちるように這い出ると背中を押して姉さんを部屋から追い出した。
「やぁねぇ、俊ってば反抗期?」
なんて、呑気な声が聞こえてくる。
「〜〜〜っ」
ドアに背を押し当てたまま、オレはへなへなとその場にしゃがみ込んだ。
オレ、なんも寝言とか言ったりしてないよな!? 大丈夫だよな?
姉さんとは一つしか歳が違わないから、日向の事は勿論知っている。
寝言で日向の名前なんて呼んじゃってたりしたら、恥ずかしすぎるどころの話じゃない。
「――はぁ。部屋に鍵があれば、なぁ……」
鍵が欲しい。今日ほどそう思った事は無かった。